意味
「即時一杯の酒(そくじいっぱいのさけ)」とは、のちに得られる大きな良いことよりも、少しでもいま手に入る得のほうがいいという意味です。
死んだ後に名声を得るより、いますぐ飲める一杯の酒のほうがいい、という言葉から来ています。
語源・由来
この言葉は、中国・晋代の文人である張翰の受け答えから生まれました。
張翰は気ままで物事にこだわらない人だったと伝えられています。
その話は、逸話集『世説新語』と、晋の歴史書『晋書』の張翰の伝記に載っています。
『晋書』にある、次のやりとりが由来です。
或謂之曰:「卿乃可縱適一時,獨不為身後名邪?」答曰:「使我有身後名,不如即時一杯酒。」
(ある人が「あなたはひとときを気ままに過ごしているが、死んだ後の名声のことは考えないのか」と尋ねると、張翰は「たとえ死後に名が残るとしても、いますぐの一杯の酒には及ばない」と答えた。)
『晋書』は、当時の人々が張翰のこのおおらかさを高く評価したと続けています。
この答えをもとに、先の大きな得より目の前の小さな得を取るほうがいい、という意味で使われます。
使い方・例文
- 来年の大きな配当を待つより、今すぐもらえる少しの現金を選ぶ。即時一杯の酒だ。
- 先の出世より目の前の手当を選んだ兄は、「即時一杯の酒さ」と笑った。
- 「名が残るより即時一杯の酒だ」と、祖父は晩酌を楽しんでいる。
張翰の一杯の酒は李白の詩にも登場
唐の詩人の李白は、「行路難」という詩の中で張翰を取り上げています。
詩が踏まえているのは、都で役人をしていた張翰が、秋風が吹き始めたのを見てふるさとの蓴菜の吸い物や鱸のなますを思い出し、官職を捨てて帰ってしまった話です。
この話も『晋書』の張翰の伝記に載っていて、ふるさとを思う気持ちを表す「蓴羹鱸膾」という四字熟語のもとになりました。
李白はこの張翰を引き合いに出して詩を結び、生きているうちの一杯の酒を楽しめばよく、死後千年の名声などいらないと詠みました。
死後の名声と一杯の酒を比べる組み立ては、張翰の答えと同じです。

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