意味
「天高く馬肥ゆる秋(てんたかくうまこゆるあき)」とは、空が澄み渡って高く感じられ、馬も食欲を増して肥えてたくましくなる、秋の極めて過ごしやすい気候を指します。
手紙の時候の挨拶によく用いられるほか、実りの秋を表現する際にも使われる言葉です。
語源・由来
「天高く馬肥ゆる秋」の直接の語源は、初唐の詩人・杜審言(?〜708年、杜甫の祖父)が、突厥征討に従軍する友人へ贈った漢詩『贈蘇味道』の中で詠んだ「秋高くして塞馬肥ゆ」という一節です。
なおこの句は、宋代の詩集『文苑英華』などでは「秋深くして」、明代の詩集では「秋高くして」となっていて、日本では「秋高」の形が定着しています。
「馬が肥える秋は異民族の襲来に備えるべき時期」という発想自体はこれより古くからあり、前漢の武将・趙充国は、羌族の反乱を警戒する進言の中で「秋に到り馬肥ゆれば、変必ず起こらん」と述べています。
本来は北辺の厳しい警句でしたが、日本では秋の好時節をたたえる言葉になりました。
日本では明治時代に「秋高く馬肥ゆ」の形が見え、広く使われるようになったのは昭和30年代からとみられます。
使い方・例文
「天高く馬肥ゆる秋」は、手紙の時候の挨拶や、秋の行楽、秋の行事を語る場面で使われます。
- 天高く馬肥ゆる秋、校庭には運動会の練習に励む子供たちの声が響く。
- 拝啓、天高く馬肥ゆる秋、皆様におかれましてはご清祥のこととお慶び申し上げます。
- 天高く馬肥ゆる秋を迎え、山あいの紅葉狩りにも人出が増えてきた。
誤用・注意点
「馬肥ゆる」という部分から、「食欲の秋」や「自分が太ること」の意味に取られることがありますが、肥えるのはもともと馬で、言葉全体は空が高く澄んだ秋の好時節をいいます。
食欲の秋の意味に取るのは誤りです。
また、「肥ゆる」を「越ゆる」と書くのは誤りです。
類義語・関連語
「天高く馬肥ゆる秋」と似た意味を持つ言葉には、秋の晴れた空や過ごしやすさを表すものがあります。
- 秋高気爽(しゅうこうきそう):
中国語の成語で、秋の空が高く晴れ渡り、空気が爽やかで心地よいこと。 - 灯火親しむべし(とうかしたしむべし):
秋は夜が涼しく過ごしやすいため、明かりを灯して読書をするのに適しているということ。 - 秋晴れ(あきばれ):
秋の澄み渡った晴天のこと。
対義語
「天高く馬肥ゆる秋」とは対照的な、秋の物悲しさや変化の速さを表す言葉には、以下のようなものがあります。
- 秋の日は釣瓶落とし(あきのひはつるべおとし):
秋の日は、井戸に桶を落とすようにあっという間に暮れてしまうということ。
「秋高馬肥」の秋を避けて攻めよ、明の作戦案

(地図:Shannon1、Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0、一部を切り出し)
唐の詩人・杜審言の「秋高くして塞馬肥ゆ」から「塞」を除いた四字「秋高馬肥」は、明の時代の上奏文(= 皇帝への意見書)にも出てきます。
書いたのは、北辺の軍務を取りしきった曾銑です。
当時、モンゴルの勢力は百年近く河套を拠点に侵入を繰り返していました。
河套は、黄河が大きく北へ曲がる内側の地域です。
『明史』の曾銑伝によると、曾銑は「秋高馬肥,弓矢勁利」(秋は空が高く馬が肥え、弓矢も強い)の時期に相手が集まって攻めてくれば、散らばって守る明の側が負けると述べました。
一方、冬は水が涸れて馬の飼葉が乏しく、春は冷たい雨で地面がぬかるむので、相手の勢いは弱まります。
そこで秋を避け、相手が弱りきった春から夏への変わり目に、精兵6万が50日分の兵糧を持って河套を攻めよう、という案でした。
秋に馬が肥えるという同じ見方から、攻める季節を選ぶ作戦が組み立てられていたわけです。














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