慣用句

筆舌に尽くしがたい

(ひつぜつにつくしがたい)

物事の程度がひどく大きくて、文章に書いても口で言っても、とても言い表せないさま。

異形:筆舌に尽くし難い

11文字の言葉 / 「ひ・び・ぴ」から始まる言葉
筆舌に尽くしがたい ことば
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意味

「筆舌に尽くしがたい(ひつぜつにつくしがたい)」とは、程度があまりに大きく、書いても話しても表しきれないという意味です。
景色の美しさや感動の大きさにも、苦しみや悔しさの深さにも使われます。

語源・由来

この言葉は、漢語の「筆舌」に「尽くしがたい」を続けた形です。
「筆舌」は筆と舌で、文章に書くことと口で話すことの両方を指します。
「尽くしがたい」は残らず表しきるのが難しいという意味で、どちらの手段でも言い表しきれないほどだ、ということになります。
「がたい」は漢字で「難い」とも書き、「筆舌に尽くし難い」の形も使われます。

使い方・例文

  • 山頂から見た朝焼けの美しさは、筆舌に尽くしがたいものだった。
  • 被災直後の数か月の苦労は筆舌に尽くしがたいと、祖父は言う。
  • 決勝で一点差に泣いた悔しさは、筆舌に尽くしがたい。
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類義語

どちらも、程度がはなはだしくて言葉では表しきれない様子を表します。

  • 筆紙に尽くし難い(ひっしにつくしがたい):
    あまりの程度に、とても文章には書き表せないこと。「筆紙」は筆と紙で、書くことだけを指す点が「筆舌」と違う。
  • 言語に絶する(げんごにぜっする):
    言葉では言い表せないほどの状況や程度であること。「ごんごに絶する」とも読む。

唐の柳宗元が書いた「孔子の筆舌」

「筆舌」の語は、中国・唐の文人、柳宗元りゅうそうげんの文章にも出てきます。
北へ旅立つ若い学者を送るために書いた「送徐従事北遊序」で、学問を積んだ者が地位を得たら、その教えを実際の仕事に生かすよう励ましています。
その結びに近いところに、次の一節があります。

思不負孔子之筆舌
(孔子が書き残し、語った教えに背かないようにと心がける)

ここでの「筆舌」は、孔子の文章と言葉、つまり孔子の教えそのものを指しています。
「筆舌に尽くしがたい」の「筆舌」が書くこと・話すことという手段を指すのに対し、こちらは書き残され語られた中身のほうを指しています。

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