意味
「難行苦行(なんぎょうくぎょう)」とは、さまざまな苦しみに耐えて行う修行のことです。
おもに仏道の修行について言います。
そこから、ひどく苦労するという意味でも使われます。
語源・由来
この言葉は仏教の語で、法華経(= 大乗仏教の代表的な経典)の提婆達多品(= 法華経の章の一つ)にある、次の一節に出てきます。
我見釋迦如來,於無量劫、難行苦行,積功累德,求菩提道,未曾止息。
(私は、釈迦如来が数えきれないほど長い年月にわたって難行苦行し、功徳を積み重ね、悟りの道を求めて、一度もやめることがなかったのを見てきました。)
智積菩薩という菩薩が、釈迦の長い修行を語る場面です。
使い方・例文
「難行苦行する」の形で、動詞としても使います。
- 山にこもった僧たちは、厳しい冬にも難行苦行を重ねた。
- 重い荷物を背負って急な坂を登るのは、まさに難行苦行だった。
- 祖父は若いころ難行苦行して、この店を立ち上げたそうだ。
類義語・関連語
いずれも、ひどく苦労するという意味で置き換えられる語です。
「難行苦行」と類義語の違い
三つとも大変な苦労を表しますが、もとの意味が違います。
「難行苦行」は苦しみに耐えて自分を鍛える修行、「四苦八苦」は人が避けられない苦しみ、「悪戦苦闘」は困難を相手にした戦いがもとになっています。
「難行苦行」は、龍女の悟りを疑う智積菩薩の言葉
語源に挙げた一節の直前では、文殊師利(= 文殊菩薩)が、裟竭羅龍王の娘で八歳の龍女は悟りに至ることができる、と語っています。
これを聞いた智積菩薩は、釈迦でさえ長い難行苦行の末に悟りを得たのだから、この娘がわずかな間に悟りを開くとは信じられない、と答えます。
不信此女於須臾頃、便成正覺。言論未訖,時龍王女、忽現於前
(この娘がわずかな間に悟りを開くとは信じられません。その言葉が終わらないうちに、龍王の娘がたちまち目の前に現れた)

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