四字熟語

百家争鳴

(ひゃっかそうめい)

多くの学者や専門家が、自由に意見を発表し論争すること。多くの人が活発に議論すること。


8文字の言葉 / 「ひ・び・ぴ」から始まる言葉
百家争鳴 ことば
スポンサーリンク

意味

「百家争鳴(ひゃっかそうめい)」とは、多くの学者や専門家が、それぞれの意見や主張を遠慮なく発表し合い、活発に論争することです。

言葉の構成を見ると、当時の情景が浮かび上がってきます。

  • 百家(ひゃっか):
    多くの学者や学派のこと。「百」は数が多いことを意味します。
  • 争鳴(そうめい):
    鳥たちが競い合って鳴くこと。転じて、人々が競って自説を唱えること。

つまり、さまざまな立場の人が、鳥がさえずり合うように賑やかに、かつ自由に持論を展開する様子を指しています。

語源・由来

「百家争鳴」の背景にあるのは、中国の歴史でも特に知的なエネルギーに満ち溢れていた時代、「春秋戦国時代」(紀元前770年〜紀元前221年頃)の状況です。

この時代、中国は多くの国に分裂し、激しい争いが続いていました。
各国の王は、国を強くし生き残るための知恵を求め、身分に関係なく優秀な人材を登用しようとしました。

その結果、「諸子百家(しょしひゃっか)」と呼ばれる数多くの思想家や学派が登場します。

  • 孔子・孟子(儒家):道徳と礼儀を説いた。
  • 老子・荘子(道家):自然のあるがままの生き方を説いた。
  • 韓非子(法家):厳格な法律による統治を説いた。

彼らは互いに批判し合い、競い合うように独自の理論を説いて回りました。
この「諸子百家」が競って議論した(鳴いた)歴史的事実が、「百家争鳴」という言葉の由来となっています。

使い方・例文

「百家争鳴」は、主にビジネス、学術、政治などの場面で、「議論が活性化している状態」を表現するのに使われます。

意見が割れてまとまらないというネガティブな意味よりも、「誰もが萎縮せずに発言できている」「多様な視点が出ている」という自由で風通しの良い状態を肯定的に評価する文脈で多く用いられます。

例文

  • 今日の企画会議は、若手からも次々とアイデアが出る百家争鳴の状態だった。
  • 教育改革をめぐり、有識者の間でも百家争鳴の議論が続いている。
  • 学会のシンポジウムは、新説に対する質疑応答で百家争鳴の様相を呈した。
  • 邪馬台国の所在地をめぐっては、歴史学者や考古学者の百家争鳴が今も続いている。
スポンサーリンク

誤用・注意点

「百家争鳴」と「百花繚乱」の違い

最も多い間違いが、音と字面が似ている「百花繚乱」(ひゃっかりょうらん)との混同です。
「百家争鳴」で活発になるのは意見や議論で、耳で聞く賑やかさや知的な戦いを表します。
「百花繚乱」で活発になるのは才能や見た目で、目で見る美しさやスターの競演を表します。

「ファッションショーでモデルたちが百家争鳴していた」と書くと、モデルたちがランウェイで議論を始めてしまったことになります。

「単なる騒音」ではない

「争鳴」という字面から「うるさい」「喧嘩している」というイメージを持つかもしれませんが、本来は「思想や学説の発表」を指します。
したがって、中身のない罵り合いや、ただ騒いでいるだけの宴会などを指して使うのは適切ではありません。

類義語・関連語

「百家争鳴」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。

  • 議論百出(ぎろんひゃくしゅつ):
    さまざまな意見が次々と出ること。結論がなかなか出ない、というニュアンスを伴うこともあります。
  • 侃々諤々(かんかんがくがく):
    遠慮することなく、盛んに議論し合うこと。「侃侃」は強くて正しいさま、「諤諤」はありのままに直言するさまを表します。
  • 諸説紛紛(しょせつふんぷん):
    いろいろな説が入り乱れて、どれが正しいか定まらないこと。

英語表現

「百家争鳴」は英語では、中国の政治標語の英訳として知られる次の言い方で表されます。

a hundred schools of thought contend

直訳は「百の学派が競う」。
1956年に毛沢東が掲げたスローガン“Let a hundred flowers bloom, and a hundred schools of thought contend”(百花斉放、百家争鳴)の後半にあたる英訳で、英語の百科事典もこの訳で紹介している表現。

「百家争鳴」は1956年、中国の政治標語になった

由来となった「諸子百家」の時代は、戦乱の世であったからこそ、人々が真剣に「人間とは何か」「国とは何か」を問いかけた時代でもありました。

儒家・道家・法家など、後の中国思想の土台となる学派の多くがこの時期に生まれています。

戦国時代の思想の活況を表す言い方はその後も受け継がれ、清代の学者章学誠しょうがくせいも『文史通義ぶんしつうぎ』に「諸子争鳴」と書いています。
1956年には、毛沢東が「百花斉放・百家争鳴」を中国の文化政策のスローガンとして提起しました。
「百花斉放」は主に文学・芸術の面を、「百家争鳴」は学術・思想の面を指しています。

このスローガンは、中国共産党に対する批判を広く党外に呼びかけるものでしたが、のちの反右派闘争のきっかけとなりました。

スポンサーリンク

コメント

URLをコピーしました