大きな目標を掲げたり、立派な理想を周囲に語ったりする姿は、一見すると頼もしく映るものです。
しかし、いざ実行の段階になると一向に体が動かなかったり、口にした約束を簡単に反故にしたりする様子を目の当たりにすると、周囲の期待は深い落胆へと変わってしまいます。
言葉と行動の間に大きな溝があるような、そんな不誠実なあり方を、
「有口無行」(ゆうこうむこう)と言います。
意味
「有口無行」とは、口では立派なことを言うが、それに見合うだけの実行が伴わないことを指す言葉です。
言葉だけは一人前であっても、実際の行動が全く追いついていない人物や態度を批判的に表現する際に使われます。
- 有口(ゆうこう):口があること。転じて、言葉を巧みに操ること。
- 無行(むこう):行いがないこと。実行が伴わないこと。
「言うだけなら誰でもできる」という戒めのニュアンスが含まれており、信頼を損なう代表的な振る舞いとして語られます。
語源・由来
「有口無行」の語源は、中国の儒教における重要な経典の一つである『礼記』(らいき)の一節に求められます。
この書物の中で、優れた人物(君子)のあるべき姿として、「言葉が行動を追い越してはならない」という教えが説かれています。
もともとは「言葉があって行いがない(有言無行)ことを、君子は恥とする」という記述があり、そこから転じて現在の「有口無行」という四字熟語として定着しました。
古くから東洋哲学では、言葉と行動を一致させることが徳の基本と考えられてきました。
そのため、この言葉は単なる批判だけでなく、「自分の言葉に責任を持ちなさい」という強い教訓として今日まで受け継がれています。
使い方・例文
「有口無行」は、個人の性格を評する場合や、具体的な行動を促す際の警告として用いられます。
単に「嘘つき」と言うよりも、その人の「責任感の欠如」や「口の巧さ」に焦点を当てた、少し硬い表現になります。
例文
- 彼はいつも壮大な夢を語るが、結局何も始めない「有口無行」な男だ。
- 有口無行と言われないよう、まずは身近な目標から確実に実行していく。
- 「宿題をやる」と言いながらゲームばかりしているのは、まさに「有口無行」だ。
- リーダーたる者が有口無行では、誰一人としてついてきてはくれない。
誤用・注意点
「有口無行」は基本的にネガティブな評価として使われる言葉です。
そのため、目上の人に対して直接使うのは極めて失礼にあたります。
また、この言葉はあくまで「口では立派なことを言っている」ことが前提です。
最初から何も言わずに何もしない人や、単に能力が足りなくて失敗した人に対して使うのは、本来の意味からすると不適切と言えるでしょう。
類義語・関連語
「有口無行」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 巧言令色(こうげんれいしょく):
言葉を飾り、顔色を和らげて人にへつらうこと。 - 舌先三寸(したさきさんずん):
言葉巧みに人をだましたり、表面だけ取り繕ったりすること。 - 花言巧語(かげんこうご):
うわべを飾り立てた、中身のない言葉。 - 口自慢の仕事下手(くちじまんのしごとべた):
しゃべるのは得意だが、実際の仕事の手際は悪いこと。
対義語
「有口無行」とは対照的な意味を持つ言葉は、誠実さを象徴するものばかりです。
- 言行一致(げんこういっち):
口で言ったことと、実際の行動が矛盾なく合っていること。 - 有言実行(ゆうげんじっこう):
口に出したことを、責任を持って必ず実行に移すこと。 - 不言実行(ふげんじっこう):
あれこれ口に出さず、黙ってなすべきことを実行すること。
英語表現
「有口無行」を英語で表現する場合、行動と言葉の対比を用いた慣用句がよく使われます。
All talk and no action
- 意味:「口先だけで実行が伴わない」
- 解説:最も一般的で、「有口無行」のニュアンスに非常に近い口語表現です。
- 例文:
He is all talk and no action when it comes to chores.
(家事のこととなると、彼は有口無行だ。)
Good talkers are little doers
- 意味:「口の達者な者は、実行が伴わないものである」
- 解説:おしゃべりな人は実際の行動力が乏しいという、英語圏のことわざです。
- 例文:
As the saying goes, good talkers are little doers.
(ことわざにある通り、口の達者な者は実行が伴わないものだ。)
理想の人物像としての「先行後言」
「有口無行」の出典である『礼記』や『論語』には、この言葉と対極にある「先行後言」(せんこうこうげん)という教えがあります。
これは「まず実行し、その後に言葉がついてくる」という考え方です。
先に大きなことを言ってしまうと、それがプレッシャーになり、できなかった時に不誠実となってしまいます。
だからこそ、まずは黙って結果を出し、その実績に基づいて語ることが、真に信頼される人間の条件であると説かれています。
現代の成果主義の社会においても、「言葉」よりも「実績」が先行するこのスタイルは、最も確実な信頼の築き方と言えるかもしれません。
まとめ
「有口無行」は、言葉だけを先行させ、行動を置き去りにしてしまう人間の弱さを突いた言葉です。
理想を語ることは素晴らしいことですが、それが実行を伴わなければ、やがて言葉自体の価値も失われてしまいます。
この言葉を胸に刻んでおくことで、自分の発言に責任を持ち、一歩ずつでも着実に行動へ移す姿勢を大切にしたいものです。
言葉と行動が重なったとき、初めてその人の言葉は本当の輝きを放つことになるでしょう。




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