四字熟語 故事成語

光風霽月

(こうふうせいげつ)

心が清らかでわだかまりがなく、爽やかな人柄。


8文字の言葉 / 「こ・ご」から始まる言葉
光風霽月 ことば
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意味

「光風霽月(こうふうせいげつ)」とは、さわやかな風と晴れわたった月のことで、そこから、心が清らかで何のわだかまりもなく、さっぱりとして爽やかな人柄をたとえる言葉です。

この熟語は、以下の二つの情景を組み合わせて成り立っています。

  • 光風(こうふう):日の光の中を吹き渡る、穏やかで心地よい風。
  • 霽月(せいげつ):雨が上がった後の、澄み渡った空に輝く月。

「霽」という漢字には「雨や雪がやむ」「空が晴れる」という意味があります。
嵐が去った後の静かな夜空や、光に満ちた春風のような、邪念のない澄みきった心境を表しています。

語源・由来

「光風霽月」の由来は、中国の宋代の歴史を記した『宋史』の「周敦頤しゅうとんい伝」にあります。

北宋時代の高名な詩人であり書家でもある黄庭堅こうていけんが、儒学者の周敦頤の人柄を称賛した言葉が起源です。
『宋史』周敦頤伝には、黄庭堅の評として次のようにあります。

人品甚高、胸懷灑落、如光風霽月。
(人柄がきわめて高く、胸の内はさっぱりとしていて、光風霽月のようだ。)

心が雨上がりの月や光の中を吹く風のように少しの曇りもない、というこの賛辞から、性質がさっぱりとしていてわだかまりのない人柄を表す四字熟語として使われるようになりました。

使い方・例文

現代では、主に尊敬する人物の、さっぱりとしてわだかまりのない人柄を称える際に使われます。
また、理想的な精神状態を指して座右の銘に選ばれることも多い言葉です。

例文

  • 彼の人柄はさっぱりとしてわだかまりがない。まさに光風霽月だ。
  • 負けた試合の後も相手を恨まず、さっぱりと健闘をたたえる姿に、光風霽月の人柄を感じた。
  • 言い争った翌日も根に持たずに声をかけてくる彼は、光風霽月そのものだ。
  • どのような困難にあっても、光風霽月な心を持ち続けたいものだ。
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類義語・関連語

「光風霽月」と似た意味を持つ、心の清らかさや誠実さを表す言葉です。

  • 明鏡止水(めいきょうしすい):
    一点の曇りもない鏡と、静止した水面。邪念がなく、澄み切った心境の例え。
  • 清廉潔白(せいれんけっぱく):
    心や行いが清く、私欲や不正がまったくないこと。
  • 虚心坦懐(きょしんたんかい):
    心にわだかまりがなく、先入観を持たずに素直な心で物事に臨むさま。
  • 海闊天空(かいかつてんくう):
    海や空が広々としているように、心が度量に満ちていて、何の束縛もないこと。

対義語

「光風霽月」とは対照的に、心が濁っていることや、邪悪な考えがあることを指す言葉です。

  • 奸佞邪智(かんねいじゃち):
    心がねじ曲がっていて、ずる賢くよこしまな知恵を持っていること。
  • 疑心暗鬼(ぎしんあんき):
    疑う心があると、何でもないことまで恐ろしく感じてしまう、晴れない心。
  • 魑魅魍魎(ちみもうりょう):
    山河の怪物。転じて、私欲のために陰で悪事を働く者たちの例え。

光風霽月と評された周敦頤は「愛蓮説」の作者

黄庭堅がこの言葉で評した周敦頤は、「愛蓮説」という短い文章の作者として知られています。
蓮を君子に見立て、「泥から出ながら泥に染まらず、清らかな流れに洗われても妖なまめかしくならない」と書いたものです。

周敦頤は湖南の出身で、地方の役人として各地に赴任しながら学問を続けました。
『宋史』の周敦頤伝は、その人柄を伝える言葉として黄庭堅の評を引いています。

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