意味
「日光を見ずして結構と言うな(にっこうをみずしてけっこうというな)」とは、栃木県の日光東照宮のすばらしさを見ないうちは、他のものを「結構(すばらしい)」と褒めてはいけないという意味です。
- 日光(にっこう):栃木県にある日光東照宮。
- 結構(けっこう):立派であることや、美しいこと。
日光東照宮を見たことのない者は建築の美しさを語る資格がない、という言い方で、東照宮を中心とする日光の美しさをたたえた言葉です。
「結構」は現在では「いいえ、結構です(いりません)」と断る言葉として知られますが、もともとは建物などを組み立ててつくり上げること、またその構造や意匠を指す言葉でした。
そこから「出来栄えが立派であること」を褒める言葉にもなり、このことわざでは東照宮の建物の見事さをたたえています。
語源・由来

「日光を見ずして結構と言うな」は、日光東照宮の豪華な建築の美しさをたたえた言葉で、「日光」と「結構」の音をそろえた語呂合わせにもなっています。
江戸時代後期から広く知られるようになりました。
徳川家康をまつる日光東照宮は元和3年(1617)に建てられ、三代将軍・徳川家光の代、寛永年間に今のような色あざやかな装飾と彫刻に満ちた社殿に造り替えられました。
日光への参詣は、はじめは将軍をはじめとする武士が中心でしたが、江戸時代後期には庶民の間でも盛んになりました。
使い方・例文
「日光を見ずして結構と言うな」は、日光の景色や東照宮の建築のすばらしさをたたえる場面で使われます。
- 近所の紅葉もきれいだが、まさに日光を見ずして結構と言うなである。
- 陽明門の彫刻を前にして、日光を見ずして結構と言うなとはこのことかと思った。
- 写真では何度も見ていたが、日光を見ずして結構と言うなの言葉どおり、実物の東照宮は別格だった。
誤用・注意点
現在の会話でよく使う「もう結構です(不要です)」という意味で捉えると、「日光を見るまでは断ってはいけない」という間違った意味になってしまいます。
この言葉における「結構」は、「すばらしい」という意味の褒め言葉として使われていることに注意が必要です。
類義語・関連語
「日光を見ずして結構と言うな」と同様に、特定の場所を挙げて最高の価値を表す言葉には以下のようなものがあります。
- ナポリを見てから死ね:
イタリアの港町ナポリの景色を見ずに死んでは、生きていたかいがないこと。
英語表現
See Naples and die
イタリアのことわざ「Vedi Napoli e poi muori」を英語にした表現。
英語圏でも広く知られ、「ナポリ」の部分を他の地名に入れ替えて使われることもある定型句。
then を入れた See Naples and then die は同じ句の異形。
You haven’t seen true beauty until you visit there. See Naples and die.
(そこを訪れるまで本当の美しさは分からない。まさにナポリを見てから死ねだ。)
明治の入試で「日光を見ずして結構と言うな」が問われた
明治44年度(1911年度)の東京府の学校の入学試験問題を集めた本に、この言葉の解釈を求める国語の問題が載っています。
問題文は「ことわざに「日光を觀ざれば、結構といふなかれ」といへり。海内の壮観ここに至つて極まるをいふなり。」でした。
(ことわざに「日光を見なければ、結構と言ってはいけない」と言う。国じゅうの見事な眺めが、ここで頂点に達することを言ったのである。)
同じ本の答案の部には、「日光を見なければ結構と言ってはならぬと言っているが、これは日本国中の立派なものの、この上もないことを言ったのである」という答えが示されています。
明治の終わりには、「日光を見ずして結構と言うな」は国語の試験にそのまま出るほど、よく知られたことわざでした。









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