意味
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや(えんじゃくいずくんぞこうこくのこころざしをしらんや)」は、小さな器量の者には、大きな人物の考えや志は理解できないという意味です。
ツバメやスズメのような小鳥には、鴻や鵠のような大型の鳥が空高く遠くへ飛ぶ壮大な目標は分からないという比喩構造を持っています。
- 燕雀:
ツバメとスズメ。転じて、器量が小さく平凡な人物の例え。 - 安んぞ〜や:
「どうして〜だろうか、いや〜ない」という強い反語表現。 - 鴻鵠:
鴻と鵠。
いずれも大型の渡り鳥で、転じて器量が大きく志の高い人物の例え。
語源・由来
中国前漢時代の歴史家である司馬遷が編纂した歴史書『史記』の「陳渉世家」に記された故事です。
秦の時代末期、後に農民反乱の指導者となる陳勝(陳渉)が、雇われ農夫だった若き日に自らの大きな志を仲間に語ったところ、一笑に付されました。
その際に陳勝が、小人物には大人物の志が分からないと嘆息して発した言葉が由来とされています。

(写真:Laitche、Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0)

(写真:Yoshikazu Oba、Wikimedia Commons/CC BY 2.0)

(写真:Isana Chiba、Wikimedia Commons/CC BY-SA 4.0)
使い方・例文
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」は、自分の抱く大きな目標が周囲の凡人には理解されないと嘆く場面で使われます。
- 私の事業計画を笑うとは、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやだ。
- 周囲の無理解はまさに燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやである。
- 彼らに私の芸術は分からない。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんやだ。
使用時の注意点
自分を大人物(鴻鵠)、相手を小人物(燕雀)と見なす構造を持つため、直接相手に向かって使うと非常に見下した傲慢な態度と受け取られます。
日常会話での多用は避け、教養として留めるか、歴史上の出来事を評する際などに使うのが無難です。
類義語・関連語
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」と似た意味を持つ言葉、および関連する言葉には以下のようなものがあります。
- 井の中の蛙大海を知らず(いのなかのかわずたいかいをしらず):
自分の狭い知識や経験にとらわれ、広い世界を知らない状態。 - 大器晩成(たいきばんせい):
偉大な人物は、才能が開花して大成するまでに長い時間がかかる様子。
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」の陳勝は、旧友を斬った
『史記』陳渉世家では、陳勝はのちに秦に対する反乱を起こし、王となります。
「王侯将相いずくんぞ種あらんや」も、同じ陳勝の言葉として記されています。
若い頃、雇われて畑を耕していた陳勝は、仲間に「富貴になってもお互いに忘れないようにしよう」と言ったことがありました。
王になった陳勝のもとへ、そのころ一緒に畑を耕した仲間が訪ねてきました。
この男が宮中で陳勝の昔の話を言いふらすと、威厳を損なうと進言する者があり、陳勝は男を斬りました。
昔なじみはみな去っていきました。
陳勝が王であったのは6か月で、最後は自分の御者の荘賈に殺されました。
それでも司馬遷は、諸侯の記録である「世家」に彼を入れています。












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