意味
「我田引水(がでんいんすい)」とは、自分の田んぼにだけ水を引き込むように、何事も自分の利益になるように解釈したり、物事を無理やり運んだりするという意味です。
自分の田んぼ(我田)にだけ水を引き入れる(引水)という、利己的な行為が語源となっています。
- 我田(がでん):自分の所有する田んぼ。
- 引水(いんすい):水路から水を引き入れること。
この言葉は、集団の中での公平性を欠き、自分の利益のみを追求する姿勢を戒める教訓として使われます。
語源・由来
「我田引水」の由来は、かつての農村における水利権をめぐる争いにあります。
稲作において、川や溜池から引く「水」は最も重要な資源でした。
村全体で共有する水を、それぞれの田んぼへ公平に行き渡らせるのが鉄則ですが、中には夜中にこっそり他人の田んぼへの土手をせき止め、自分の田んぼにばかり水が流れるように細工をする者がいました。
この自分勝手な振る舞いが、現代では「自分に都合の良い理屈を並べること」や「強引に利益を誘導すること」の比喩として定着しました。
使い方・例文
会議での発言や、ルールの解釈が主観的で偏っていると感じる場面で、批判的な意図を持って使われることが多い言葉です。
- 彼の主張は、どうも我田引水のきらいがある。
- 自分の都合ばかりを優先する我田引水な態度は慎むべきだ。
- あのメーカーの比較記事は、自社の製品ばかりを高く評価していて、あまりに我田引水だ。
- 議論の末、結局は我田引水な結論に落ち着いた。
誤用・注意点
「我田引水」は、あくまで「身勝手」「強引」というネガティブな評価を含む言葉です。
そのため、正当な努力によって利益を得た人に対して、褒め言葉として使うのは誤りです。
また、「自分の意見を押し通す」という意味で本人に使うと、相手を「卑怯で自分勝手だ」と非難することになり、大変失礼にあたります。
類義語・関連語
「我田引水」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 牽強付会(けんきょうふかい):
自分の都合の良いように、道理に合わない理屈を無理やりこじつけること。 - 独り善がり(ひとりよがり):
他人の思惑を無視して、自分だけで良いと思い込んでいること。 - 恣意的(しいてき):
論理的な根拠がなく、その時の自分の気分や勝手な考えで判断する様子。 - お手盛り(おてもり):
自分や身内に都合のよいように、物事を決めたり計らったりすること。権限を持つ立場での我田引水。
対義語
「我田引水」とは反対に、公明正大で私心のない様子を表す言葉には、次のようなものがあります。
- 公平無私(こうへいむし):
自分の感情や利益を交えず、すべてを平等に扱うこと。 - 滅私奉公(めっしほうこう):
個人の利益(私)を捨てて、公(おおやけ)のために尽くすこと。 - 大所高所(たいしょこうしょ):
些細な利害にとらわれず、広い視野から物事を正しく判断すること。
英語表現
「我田引水」を英語で表現する場合、農耕文化に由来する同様のイディオムや、利己的な態度を指す言葉が用いられます。
draw water to one’s own mill
「自分の水車に水を引く」
自分の利益になるように、物事を強引に運ぶ様子を指します。
He is always trying to draw water to his own mill.
(彼はいつも、自分に都合の良いように物事を進めようとする。)
look out for number one
「自分自身(一番目の人間)のことだけを考える」
他人のことは二の次にして、自分の利益を最優先するという口語表現です。
In this competitive society, people tend to look out for number one.
(この競争社会では、人々は自分の利益を第一に考えがちだ。)
秀吉、田の水争いで村人83人を処刑
「我田引水」のもとにある田の水の取り合いは、中世には弓矢を持ち出す争いになることも珍しくありませんでした。
1592年、摂津国(= 今の大阪府北中部と兵庫県南東部)で用水をめぐって村どうしが武力で争った際には、豊臣秀吉が武器を使った争いを禁じた命令に背いたとして、関わった村の者を処刑しました。
処刑された人数は83人にのぼったとされます。
江戸時代に入ると、水論(= 田の水をめぐる争い)は、武力ではなく領主の裁きで決める形が中心になりました。
そのなかで、先に開かれた田を優先する古田優先や、水が足りない時期に時間を区切って順番に水を配る番水といった取り決めが、村どうしの慣行として固まっていきました。
渇水の最後の手段は「犠牲田」
番水は、今も渇水(= 雨が少なく、水が足りなくなること)のときに行われています。
農家は地区や田んぼごとに水を流す順番や時間を決め、水路の見回りも強めて、少ない水を分けます。
番水などをしても水が足りないときは、一部の田んぼに水を配るのをやめ、その水でほかの田を救います。
水をもらえなくなった田んぼは「犠牲田」と呼ばれます。
1994年(平成6年)の異常な渇水では、ある川の流域の農家が、番水などを続けながら水道にも水を回しました。
その水は、都市に住む約70万人の生活用水として使われました。















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