ことわざ

木を見て森を見ず

(きをみてもりをみず)

一部分だけを見て、物事の全体を把握できていないことの例え。


9文字の言葉 / 「き・ぎ」から始まる言葉
木を見て森を見ず ことば
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意味

「木を見て森を見ず(きをみてもりをみず)」とは、物事の一部分や細部にばかりとらわれて、全体像や本質を見失ってしまうことのたとえです。
目の前の個々の要素(「木」)に気を取られ、全体(「森」)を把握できない状態を指します。

このことわざは、局所的な視点にとらわれ、大局的な視点を失うことへの戒めとして用いられます。

語源・由来

この言い回しは日本で生まれたものではなく、明治の前期に西洋から訳して取り入れられた言葉です。
最初にドイツ語から入り、そのあと英語やロシア語からも同じ意味の言い方が重ねて入ってきて、今の形に落ち着きました。

森の中に入ると、目の前の一本一本の木ははっきり見えますが、森全体がどこまで広がっているかはつかめません。
離れて眺めなければ全体を見渡せないという森の性質を、そのまま人の物の見方に当てはめた言葉です。
「木」が個々の事柄、「森」が全体にあたり、対象に近づきすぎると全体を取り逃がすという構図になっています。
比喩そのものが分かりやすいため、訳された言葉だと意識されないまま使われています。

使い方・例文

この言葉は、細部にこだわるあまり目的を見失っている、と指摘する場面で使われます。

  • 細かいミスの指摘ばかりで、木を見て森を見ずになっていないか。
  • 目先の数字ばかり追って、木を見て森を見ずだったと気づいた。
  • 彼は専門分野に詳しいが、木を見て森を見ずのところがある。

類義語

  • 枝葉末節にとらわれる(しようまっせつにとらわれる):
    本質から外れた些細なことばかりに気を取られる。
  • 大局を見失う(たいきょくをみうしなう):
    物事全体の状況や流れを見失う。
  • 近視眼的(きんしがんてき):
    目先のことしか見えず、将来を見通すことができない。
  • 盲人が象を撫でる:
    一部だけを見て、それが全てだと思い込むこと。「盲人」は目の不自由な人を指す古い言い方で、今は使用を避けたほうがよい表現です
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対義語

  • 一葉落ちて天下の秋を知る(いちようおちててんかのあきをしる):
    わずかな前触れから全体の動きを見抜くこと。
  • 大所高所から見る(たいしょこうしょからみる):
    全体を広く見渡す。
  • 俯瞰する(ふかんする):
    高いところから見下ろすように、全体を広く見る。
  • 鳥瞰する(ちょうかんする):
    鳥のように高いところから全体を見渡す。

使用上の注意点

この言葉は、相手の視野の狭さを指摘するときに使われます。
自分の反省として述べるぶんには角が立ちませんが、他人に向けると批判として受け取られる言い方です。

英語表現

Can’t see the forest for the trees

直訳は「木があるせいで森が見えない」で、「木を見て森を見ず」とほとんど同じ比喩をそのまま使った言い回し。
細部に気を取られて全体を取り逃がしている相手に向けて使う表現。

He’s so focused on the details that he can’t see the forest for the trees.
(彼は細部にこだわりすぎて、木を見て森を見ずになっている。)

Miss the forest for the trees

同じ比喩を「見落とす」という動詞で言い換えた形。
全体を見落としていることを指摘するときの表現。

You are missing the forest for the trees.
(お前は木を見て森を見ずになっているぞ。)

フランス語では、森を隠すのは木のほう

同じ考えを表す言い方は西洋の各言語にありますが、どちらを主語に置くかがそろっていません。
英語の can’t see the wood for the trees は「木のせいで森が見えない」、ドイツ語の den Wald vor lauter Bäumen nicht sehen も「木ばかりで森が見えない」で、どちらも見る側の失敗として語られます。

ところがフランス語は l’arbre qui cache la forêt、つまり「森を隠す木」と言います。
主語は人ではなく木のほうで、目立つ細部が全体を覆い隠してしまう、という意味で使われます。
日本語の「木を見て森を見ず」は、英語・ドイツ語と同じく、見る人を主語にした形です。

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