楚漢戦争(項羽と劉邦の戦い)から生まれた故事成語一覧|意味・由来を紹介

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楚漢戦争から生まれた故事成語 【特集】ことわざ・慣用句・四字熟語

天下を二分する圧倒的な武力を持つ英雄と、農民から身を起こし人の心を掴むことに長けた知略家。
紀元前3世紀、秦王朝の崩壊後に繰り広げられた項羽(こうう)劉邦(りゅうほう)の覇権争いは、歴史の歯車を大きく動かしました。
この約4年間にわたる楚漢戦争(そかんせんそう)は、単なる戦争の記録に留まりません。
極限の状況下で交わされた言葉や、勝敗を分けた決断の瞬間は、2,000年以上の時を超えて「故事成語」として私たちの日常に溶け込んでいます。
ビジネスの戦略、人間関係の機微、あるいは人生の苦境を乗り越える知恵として。
激動の時代が生んだ珠玉の言葉たちを、そのドラマチックな背景とともに紐解いていきます。

逆境・戦略(勝負の極意を表す言葉)

四面楚歌(しめんそか)

周囲がすべて敵や反対者ばかりで、助けがなく孤立無援である状態を言います。

紀元前202年、垓下(がいか)の地で劉邦の軍に包囲された項羽。
夜、四方の包囲陣から故郷である楚の国の歌が聞こえてきました。
これを聞いた項羽は、「漢の軍はすでに楚の地をすべて占領したのか、なんと楚の者が多いことか」と驚き、絶望した故事に由来します。
実際には、劉邦側の軍師・張良(ちょうりょう)による心理作戦でしたが、これが項羽の戦意を喪失させる決定打となりました。

背水の陣(はいすいのじん)

一歩も引けない絶体絶命の状況に身を置き、必死の覚悟で物事にあたることです。

劉邦軍の将軍・韓信(かんしん)が、趙(ちょう)の軍勢と戦った際、あえて川を背にして陣を敷きました。
兵法では禁忌とされる配置ですが、逃げ場を失った兵士たちは「死ぬか勝つか」の極限状態で驚異的な力を発揮し、勝利を収めました。
現代では、失敗が許されないプロジェクトや、後がない試験などに臨む際の覚悟として使われます。

破釜沈船(はふちんせん)

退路を断って、決死の覚悟で戦いに挑むことを指します。

項羽が巨鹿(きょろく)の戦いにおいて、川を渡った後に乗ってきた船を沈め、食事を作るための釜(かま)をすべて叩き壊しました。
「三日分の食糧以外は持たず、勝利して敵から食糧を奪わねば生きて帰れない」と兵士に示し、士気を最高潮に高めたエピソードに基づきます。

先んずれば人を制す(さきんずればひとをせいす)

何事も他人より先に着手すれば、有利な立場に立てるという意味です。

楚漢戦争の前史、秦に対する反乱の火の手が上がった際、項羽の叔父である項梁(こうりょう)が会稽(かいけい)の太守に対し、「先んずれば即ち人を制し、後るれば即ち人の制する所となる」と語った言葉が由来です。
現代のビジネスシーンにおけるスピード感や、市場での先手必勝の重要性を説く際によく用いられます。

項荘剣を舞う、意沛公に在り(こうそうけんをまう、いはいこうにあり)

表面上の振る舞いとは別に、隠された真の目的があることを言います。

「鴻門(こうもん)の会」という宴席で、項羽側の項荘が余興として剣舞を披露しました。
しかし、その真の狙いは宴に参加していた劉邦(沛公)を暗殺することにありました。
相手の言葉巧みな誘いや、一見親切な行動の裏に潜む「真意」を警戒する際の比喩として使われます。

才能・評価(リーダーと部下のあり方を表す言葉)

国士無双(こくしむそう)

国内で並ぶ者がいないほど、極めて優れた人物のことです。

劉邦に仕えていた軍師・蕭何(しょうか)が、一度は軍を離れようとした韓信を引き止め、劉邦に「韓信こそは国士無双である」と激賞して再登用を促した故事に由来します。
特定の分野において代えがたい才能を持つ人物を称える最高の褒め言葉です。

多々益善(たたえきぜん)

多ければ多いほど、かえって好都合であるという意味です。

劉邦が韓信に対し、「自分はどれほどの兵を率いることができるか」と尋ねました。
韓信は「陛下は10万程度でしょう」と答えましたが、自分については「私は多ければ多いほどうまく扱えます(多々ますます善し)」と言い放ちました。
現代では予算や人員、知識など、豊富にあることが望ましい状況で広く使われます。

左遷(させん)

それまでよりも低い地位や、不遇な職場へ異動させられることです。

古来、中国では「右」を尊び、「左」を低い位置とする習慣がありました。
項羽がライバルである劉邦を警戒し、天下の中心地から遠く離れた辺境の地である漢中(かんちゅう)へ、王として体よく追い出したことが由来の一つとされています。

狡兎死して走狗煮らる(こうとししてそうくにらる)

敵が滅びてしまえば、それまで功績のあった部下も不要となり、疎まれ、捨てられてしまうという非情な現実を指します。

楚漢戦争を勝利に導いた最大の功労者である韓信が、劉邦によって反乱の疑いをかけられ、処刑される直前に嘆いた言葉として有名です。
「すばしっこい兎が死ねば、それを追っていた猟犬(走狗)も不要になって煮て食われる」という鋭い比喩は、組織の栄枯盛衰を象徴しています。

志・忍耐(成功へのプロセスを表す言葉)

韓信の股くぐり(かんしんのまたくぐり)

将来の大きな目的を達成するために、目の前の一時の恥や屈辱を耐え忍ぶことです。

若き日の韓信は、町のごろつきに「臆病者でないなら俺を殺してみろ。できないなら俺の股の下をくぐれ」と挑発されました。
韓信はここで騒ぎを起こす愚を悟り、周囲の嘲笑を浴びながらも黙って股をくぐりました。
「大志を抱く者は、些細な争いにこだわらない」という教訓として語り継がれています。

捲土重来(けんどちょうらい)

一度失敗した者が、再び勢いを盛り返して攻めてくることです。

晩唐の詩人・杜牧(とぼく)が、項羽の最期を惜しんで詠んだ詩に由来します。
「もし項羽が江東へ逃げ帰り、再び土煙を巻き上げる勢いで攻め寄せていたなら、結果はわからなかっただろう」という内容です。
現代では、一度の挫折にめげず、再起を期して努力を重ねる姿勢を励ます言葉として定着しています。

錦を衣て夜行くが如し(にしきをきてよるゆくがごとし)

せっかく成功して立身出世しても、故郷の人々に知らせなければ何の意味もないという例えです。

秦の首都・咸陽(かんよう)を制圧した項羽が、周囲の反対を押し切って故郷の楚へ帰ろうとした際、「富貴を得て故郷に帰らないのは、刺繍をした立派な服(錦)を着て夜道を歩くようなものだ(誰にも気づかれない)」と語ったことに由来します。
転じて「衣錦還郷(いきんかんきょう)」という四字熟語も生まれました。

中原に鹿を逐う(ちゅうげんにしかをおう)

有力者が天下の覇権をめぐって激しく争うことです。

「鹿」は帝位や政権の象徴とされます。
韓信の死後、劉邦に対して反乱を起こした者が「秦がその鹿(帝位)を失い、天下の者がこれを追いかけた。その結果、背が高く足の速い者(劉邦)がこれを得たのだ」と語った故事に基づきます。
現在でも、激しい選挙戦やシェア争いを指して「逐鹿(ちくろく)の争い」などと言われます。

運命・悲哀(英雄の人間性を表す言葉)

垓下の歌(がいかのうた)

悲劇的な最期を前にした英雄の、切なくも力強い決別の詩を指します。

四面楚歌の状況下、項羽は愛する虞美人(ぐびじん)と愛馬を前に、「力は山を抜き、気は世を蓋う(ちからはやまをぬき、きはよをおおう)」と自分の人生を振り返りながら、運命の過酷さを歌い上げました。
この時、虞美人が答えて舞ったとされる伝説から「虞美人草(ひなげし)」の名も生まれました。

敗軍の将は兵を語らず(はいぐんのしょうはへいをかたらず)

失敗したり負けたりした者は、その原因や戦略について言い訳をする権利はないという意味です。

韓信に敗れ、捕虜となった趙の軍師・李左車(りさしゃ)が、韓信から今後の戦略を問われた際に返した言葉です。
「負けた将軍は軍事について語る資格はなく、国を滅ぼした大夫は存続について語る資格はない」という潔い態度は、韓信を深く感動させ、彼を師と仰がせることになりました。

沐猴にして冠す(もっこうにしてかんす)

外見だけは立派に整えているが、中身が伴わず、思慮の浅い人物を嘲笑う言葉です。

項羽が咸陽を焼き払い、略奪を行って故郷へ帰ろうとした際、ある者が「楚の人間は『猿(沐猴)が冠を被っているようなものだ』と言われるが、本当にその通りだ」と悪口を言いました。
これを聞いて激怒した項羽は、その者を釜茹での刑に処したと伝えられています。

知っておきたい豆知識:劉邦が勝った理由を語る言葉

多くの故事成語が、項羽の悲劇的な強さと、劉邦の「人を使いこなす力」を対比させています。
劉邦自身、天下を取った後にその理由をこう語っています。

「張良のように計略を練ることも、蕭何のように補給を完璧にすることも、韓信のように軍を率いることも、私は彼らには及ばない。
しかし、私はこの三人の傑物を使いこなすことができた。これこそが私が天下を得た理由である」

この考え方は、現代のマネジメント論においても非常に重要視されています。
一方、項羽は范増(はんぞう)という唯一の優れた軍師さえ使いこなせませんでした。
范増が怒って項羽のもとを去る際に放った「豎子と謀を成すに足らず」(じゅしともにはかるにたらず。青二才とは一緒に仕事ができない)という言葉も、独断専行の危うさを説く故事として有名です。

まとめ

楚漢戦争から生まれた故事成語の数々は、単なる言葉の羅列ではなく、2,000年前の人間が流した血や涙、そして知恵の結晶です。
項羽の力強さと悲哀、劉邦の柔軟さと非情さ、韓信の才能と屈辱。
それぞれの言葉の裏にあるドラマを知ることで、言葉はより深い響きを持って私たちの心に届くことでしょう。

これらの言葉を日常で使うとき、そこには歴史という大きなバックボーンが宿ります。
言葉の力を借りて、今の自分を奮い立たせたり、冷静に状況を分析したりすることは、激動の現代を生き抜くための一つの「武器」になることでしょう。

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