馬鹿に付ける薬はない

スポンサーリンク
ことわざ 慣用句
馬鹿に付ける薬はない
(ばかにつけるくすりはない)
異形:阿呆に付ける薬はない

12文字の言葉は・ば・ぱ」から始まる言葉

何度注意しても同じ失敗を繰り返す相手や、こちらの理屈が全く通じない人に、呆れ果ててしまった経験。
あるいは、自分自身の愚かな行動に直面し、「なんて自分はダメなんだろう」と嘆きたくなるような瞬間。
そのような「どうしようもない状況」や「手の施しようがない様子」を表す言葉として、

「馬鹿につける薬はない」(ばかにつけるくすりはない)という表現が使われます。

「馬鹿につける薬はない」の意味

「どんなに優れた薬でも、愚かさを治すことはできない」

この言葉は、生まれつきの愚かさや性格的な愚鈍さは、医者や薬の力をもってしても治す方法がない、という意味です。そこから転じて、以下の意味で使われます。

  • 手の施しようがないこと:物わかりが悪く、何度言っても改善が見られない様子。
  • 救いようがないこと:道理を説いても理解せず、愚かな行いをやめないこと。

「つける薬」とは、本来は傷口などに「塗る薬(軟膏など)」を指しますが、ここでは「効き目のある手段」「解決策」の比喩として使われています。
単に「馬鹿」を罵倒するだけでなく、「こちらの手元には、もう対処する手段がない」という諦めのニュアンスが強く含まれているのが特徴です。

「馬鹿につける薬はない」の語源・由来

この言葉の由来は、特定の歴史的な事件や中国の古典(故事成語)にあるわけではありません。
江戸時代以降、日本の庶民の間で自然発生的に使われ始めた慣用表現だと考えられています。

文献としての初出は古く、1690年(元禄3年)に出版された咄本(はなしぼん・笑い話集)である『枝珊瑚珠(えださんごじゅ)』の中に、「馬鹿にはつける薬がないといへば」という記述が見られます。
このことから、少なくとも江戸時代前期には、すでに人々の間で定着していた言い回しであることが分かります。

当時から「薬」は病気や怪我を治す万能なものとして頼りにされていましたが、「心根の愚かさ」や「生まれつきの性質」だけは、どんな名医や特効薬でも治せない。そんな庶民の実感が、この言葉を生んだと言えるでしょう。

また、関西地方では「馬鹿」よりも「阿呆(あほ)」という言葉が一般的であるため、「阿呆につける薬はない」と言うこともあります。

「馬鹿につける薬はない」の使い方・例文

この言葉は、他人の愚行に対する「強い呆れ」や「批判」を表す場面で使われますが、同時に自分自身の失敗を笑い飛ばす「自虐」として使われることもあります。

ただし、他人に対して面と向かって使うと、人間関係を決定的に壊すほどの強い侮辱となるため、使用には細心の注意が必要です。
基本的には、本人のいない場所での陰口や、親しい間柄での冗談、あるいは心の中での独り言として留めておくのが無難です。

例文

  • 何度同じミスを指摘しても、彼は聞く耳を持たない。まさに「馬鹿につける薬はない」だ。
  • これだけ周りが止めているのに、また怪しい儲け話に騙されるなんて、「馬鹿につける薬はない」と言うほかない。
  • 大事なプレゼンの日に寝坊してしまうとは、我ながら「馬鹿につける薬はない」と落ち込んだ。
  • 馬鹿につける薬はないと言うけれど、彼のあの頑固さはもはや才能かもしれない。

文学作品での使用例

『鶏』(森鴎外)
明治時代の文豪・森鴎外の短編小説『鶏』の一節です。主人公が、宿屋の下働きの老婆のあまりの物分かりの悪さに、怒りを通り越して諦めの境地に達する場面で使われています。

婆(ばあ)さんはじれったくてたまらない。今度は別当に知れても好いから怒ってもらいたいような気がする。そしてとうとう馬鹿に附ける薬はないとあきらめた。

誤用・注意点

「つける」の解釈

ここでの「薬」は、飲み薬ではなく「傷口につける(塗る)薬」をイメージしています。「馬鹿に飲む薬はない」とは言いません。
また、「つける薬がない」という否定形がセットで一つの慣用句です。「つける薬がある」と肯定形で使うことはまずありません。

相手への敬意

目上の人や、公的な場での使用は厳禁です。
「救いようがない」「改善の見込みがない」と相手の人間性そのものを否定する言葉であるため、部下や子供への説教で使う場合も、相手の自尊心を深く傷つける可能性があります。
指導や教育の場面では、「仏の顔も三度まで」や「堪忍袋の緒が切れる」など、別の表現を選んだ方が角が立ちません。

「馬鹿につける薬はない」の類義語・関連語

この言葉と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。

  • 馬鹿は死ななきゃ治らない(ばかはしななきゃなおらない):
    愚かさは一生治らない、死んで生まれ変わらない限り直らない、という意味。
    「つける薬はない」よりもさらに突き放した、強い表現です。
    広沢虎造の浪曲「清水次郎長伝」のセリフとして広まりました。
  • 阿呆につける薬はない(あほにつけるくすりはない):
    関西地方を中心に使われる同義語。「馬鹿」か「阿呆」かの違いのみで、意味は全く同じです。
  • 朽木は雕るべからず(くちきはえるべからず):
    腐った木には彫刻ができないことから、根性が腐っている者は教育しても無駄である、という孔子の言葉。教養的な言い回しとして使われます。
  • 匙を投げる(さじをなげる):
    医者が薬の調合に使う「薬匙(やくさじ)」を放り出して治療を諦めること。
    転じて、物事の解決や救済の見込みがなくなり、断念することを指します。

英語表現

「馬鹿につける薬はない」を英語で表現する場合、以下のような言い回しがあります。

There is no cure for a fool.

  • 意味:「愚か者に対する治療法はない」
  • 解説:最も一般的で、直訳に近い表現です。”cure” は「治療法・特効薬」を意味します。
    “There is no medicine for a fool” と言うこともあります。
  • 例文:
    He made the same mistake again. There is no cure for a fool.
    (彼はまた同じ間違いをした。馬鹿につける薬はないね。)

Once a fool, always a fool.

  • 意味:「一度愚か者だった者は、いつまでも愚か者だ」
  • 解説:一度定着してしまった愚かな性質は変わらない、というニュアンス。
    三つ子の魂百まで」に近い響きもありますが、ここではネガティブな意味で使われます。

「馬鹿」という言葉の不思議

そもそも「馬鹿」という言葉自体の語源には諸説あり、はっきりとは分かっていません。
よく知られているのは、中国の『史記』にある「指鹿為馬(しかをさしてうまとなす)」の故事(権力者が鹿を指して「これは馬だ」と言い張り、家来たちがそれに従った話)から来たという説ですが、近年ではサンスクリット語で「無知」を意味する「moha(慕何・莫迦)」が語源であるとする説も有力視されています。

いずれにせよ、「薬」という具体的な解決策と結びつけられることで、「愚かさ」がまるで「難病」のように扱われている点が、このことわざの面白いところです。
昔の人々にとって、愚かな振る舞いをする人間は、病人と同様に「手当が必要だが、手の施しようがない存在」として映っていたのかもしれません。

まとめ

「馬鹿につける薬はない」は、手の施しようがない愚かさや、何度言っても変わらない頑固さを嘆く言葉です。

他人の言動にイライラしたとき、この言葉を心の中でつぶやけば、「薬がないのだから仕方がない」と諦めがつき、怒りを鎮める助けになるかもしれません。
しかし、同時にこの言葉は、私たち自身にも向けられる可能性があります。
自分の過ちを認めず、人の忠告を無視し続ければ、いつか周囲から「あの人にはつける薬がない」と見放されてしまうかもしれません。

他者を断罪するためではなく、我が身を振り返るための「苦い薬」として、心の片隅に置いておきたい言葉です。

スポンサーリンク

コメント