世の中には、自分の実力を客観視できず、圧倒的な強者や偉大な先人に戦いを挑んでしまう人がいます。
あるいは、歴史に名を残すような大人物の功績に対し、凡人が浅はかな知識で批判を加える、といった光景を目にすることもあるかもしれません。
そんな身の程知らずで滑稽な様子を、「蚍蜉大樹を撼がす」(ひふたいじゅをゆるがす)と言います。
意味
「蚍蜉大樹を撼がす」とは、自分の力量もわきまえずに、大それたことを企てたり、強者に立ち向かったりすることのたとえです。
単なる「無謀」ではなく、「身の程知らず」「滑稽である」「相手にする価値もない」という、批判や嘲笑のニュアンスを強く含みます。
- 蚍蜉(ひふ):大きなアリのこと。
- 大樹(たいじゅ):大きな木。
- 撼がす(ゆるがす):揺り動かそうとすること。
一匹のアリが巨木を揺り倒そうと懸命に体当たりしたところで、木は微動だにしません。その様子から、相手の大きさを理解できず、無駄な努力をする愚かさを表しています。
語源・由来
「蚍蜉大樹を撼がす」は、中国唐代の詩人・韓愈(かんゆ)の詩『調張籍』(張籍を調ふ)に由来します。
この言葉は、韓愈が尊敬する二人の天才詩人、李白(りはく)と杜甫(とほ)を擁護するために生まれました。
当時、世間では二人を「古い」「俗っぽい」と批判する風潮がありましたが、韓愈はこれに激怒し、友人の張籍へ送った詩で次のように反論しました。
「李白と杜甫の文章は万丈の光を放っている。
それを批判する愚か者たちは、まるで一匹のアリが巨木を揺らそうとしているようなものだ。
木はびくともしないし、お前たちの身の程知らずな愚かさが際立つだけだ」
本来は「偉人への無意味な批判」を戒める言葉でしたが、現在では広く「弱者による無謀な挑戦」全般に使われています。
使い方・例文
「蚍蜉大樹を撼がす」は、主に「力の差が歴然としている状況」で使われます。
第三者が挑戦者を冷ややかに評価する場合や、自分自身の無力さを自嘲気味に語る場合に使用されます。
例文
- 創業したばかりの零細企業が業界最大手のシェアを奪おうとするなど、「蚍蜉大樹を撼がす」もいいところだ。
- 専門知識もない素人がノーベル賞学者の説を否定するとは、まさに「蚍蜉大樹を撼がす」行為である。
- 私のような若輩者が先生に意見するなど、「蚍蜉大樹を撼がす」こととは存じますが、あえて申し上げます。
誤用・注意点
「勇気ある挑戦」という意味ではない
この言葉は基本的に「無謀で滑稽だ」「無駄な抵抗だ」というマイナスの意味(嘲り)を持ちます。
「弱者が強者に挑む勇気」を称える文脈で使うと、相手を「身の程知らずのアリ」呼ばわりすることになり、大変失礼にあたります。
- NG例:
「彼の果敢なアタックは、まさに蚍蜉大樹を撼がす素晴らしいプレーでした!」
類義語・関連語
「蚍蜉大樹を撼がす」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 蟷螂の斧(とうろうのおの):
カマキリが前足を上げて大きな馬車に立ち向かうことから、力の弱い者が身の程を知らずに強敵に反抗すること。
違い:「蚍蜉」は完全に嘲笑の対象ですが、「蟷螂の斧」は文脈によって「はかない抵抗」「死に物狂いの勇気」という哀愁を含んで使われることが稀にあります。 - 卵を以て石に投ず(たまごをもってのりになげうつ):
卵を石に投げつけても割れるだけであるように、損をするだけで何の効果もないこと。
違い:結果が「自滅」や「無駄」に終わることに焦点があります。 - ごまめの歯ぎしり(ごまめのはぎしり):
実力のない者が、陰で悔しがったり行き場のない怒りを抱いたりすること。
違い:行動を起こして挑むというよりは、陰で悔しがる様子や、口先だけで批判する様子を指します。
対義語
「蚍蜉大樹を撼がす」と対照的な、身の程をわきまえることや、力が釣り合っていることを表す言葉です。
- 身の程を知る(みのほどをしる):
自分の能力や地位を正しく認識し、それに見合った振る舞いをすること。「分相応」とも。 - 竜虎相打つ(りゅうこあいうつ):
実力が伯仲した英雄同士が激しく戦うこと。一方的な「アリと大樹」の関係とは対極にあります。 - 長いものには巻かれろ(ながいものにはまかれろ):
力のある者には逆らわず、従ったほうが得策であるという処世術。
英語表現
「蚍蜉大樹を撼がす」を英語で表現する場合、聖書や寓話に由来する以下のイディオムが適しています。
kick against the pricks
- 意味:「無駄な抵抗をする」
- 解説:牛が突き棒(家畜を追うための尖った棒)を蹴っても、自分が傷つくだけであることから、権力者や運命に対する無益な反抗を指します。
- 例文:
It is hard for thee to kick against the pricks.
(突き棒を蹴るのは、あなたにとって辛いだけだ=無駄な抵抗はやめなさい)
a fly on the wheel
- 意味:「身の程知らずの自惚れ屋」
- 解説:車輪に乗ったハエが、回転させているのは自分だと勘違いすることから。
- 例文:
He is just a fly on the wheel.
(彼は自分の影響力を過信しているだけの、取るに足らない人物だ)
bark at the moon
- 直訳:月に向かって吠える
- 意味:「無駄なことをして騒ぐ」「届かぬ不平を言う」
- 解説:犬が月に向かって吠えても、月は何の影響も受けないことから。
まとめ
「蚍蜉大樹を撼がす」は、自分の小ささを知らずに巨大なものに挑む愚かさを表す言葉です。
何か大きな壁にぶつかったとき、それが「勇気ある挑戦」なのか、それとも「蚍蜉の無謀」なのかを客観的に見つめ直すための物差しとして、この言葉を知っておくとよいでしょう。





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