積み木やジェンガ(Jenga)が、今にも崩れそうに高く積み上がっている様子を想像してみてください。少しの衝撃で、ガラガラと崩れてしまいそうな、あのヒヤヒヤする状態です。
「累卵の危(るいらんのあやうき)」とは、まさにそのような、いつ崩壊してもおかしくない非常に危険で不安定な状況を指す言葉です。
この言葉の正確な意味、その由来となった古い物語、そして現代での使い方について解説します。
「累卵の危」の意味・教訓
- 意味:
「累卵」とは積み重ねた卵のこと。「危」は危険なこと。
つまり、もろくて壊れやすい卵を積み重ねた時のように、いつ崩れてもおかしくない、極めて不安定で危険な状態をたとえる言葉です。 - 教訓:
不安定な基盤の上にある物事は、非常に脆く危険であるという警告を含んでいます。
「累卵の危」の語源 – 漢字の意味と故事
この言葉は、中国の古い歴史書に記された故事に由来します。
まず、漢字の構成を見てみましょう。
- 累(るい):積み重ねる。
- 卵(らん):たまご。もろく崩れやすいものの象徴。
- 危(き):あやうい。危険な状態。
故事
この表現は、中国の戦国時代や漢の時代の複数の文献(『史記』、『戦国策』、『韓非子』など)に見られます。
中でもよく知られているのは、『史記』の「范雎(はんしょ)列伝」や『戦国策』に登場するエピソードです。
戦国時代、弁舌家の范雎が秦(しん)の昭王(しょうおう)に謁見した際、当時の秦の国情について「積み重ねた卵よりも危険な状態(累卵よりも危うし)」であると説きました。
彼は、秦が強国でありながらも、不安定な政策や国内の権力争いによって、いつ崩壊してもおかしくない危うさを抱えていると指摘したのです。この的確なたとえが、王に危機感を抱かせ、後の政策転換(遠交近攻策)につながりました。
使用される場面と例文
国の存亡に関わるような大きな危機から、会社の経営状態、個人の立場など、大小さまざまな「いつ崩れてもおかしくない危険な状況」を表す際に使われます。
やや硬い表現であり、日常会話よりは、ニュース、ビジネス文書、または改まった場でのスピーチなどで、切迫した状況を強調するために用いられることが多いです。
例文
- 「度重なる赤字により、A社の経営はまさに「累卵の危」に瀕している。」
- 「両国の対立は激化し、一触即発の「累卵の危」をはらんだ状態が続いている。」
- 「主要なスポンサーが撤退したことで、そのプロジェクトは「累卵の危」に陥った。」
- 「度重なる規約違反で、彼のアカウントは「累卵の危」にあると言っていいだろう。」
文学作品やメディアでの使用例
古い故事に由来する言葉ですが、夏目漱石のような近代の文豪も使用しています。
(前略)到底(とうてい)助かる見込のないのを承知の上で、累卵(ルイラン)の危(あやうき)にある孤城(コジヤウ)の運命を、日一日(いちにち)と待つのは、決して愉快なものではない。
(出典:夏目漱石『吾輩は猫である』)
※ここでは、孤立した城がいつ陥落してもおかしくない危険な状況を「累卵の危」と表現しています。
類義語・言い換え表現
- 風前の灯火(ふうぜんのともしび):
風の前に置かれた灯火のように、いつ消えてもおかしくない危険な状態。 - 危機一髪(ききいっぱつ):
髪の毛一本ほどのわずかな差で危険が迫っている、非常に切迫した状態。 - 薄氷を踏む(はくひょうをふむ):
薄い氷の上を歩くように、非常に危険で不安な状況にあること。 - 一触即発(いっしょくそくはつ):
少し触れただけですぐに爆発しそうな、極めて緊迫した危険な状態。
※「累卵の危」は、これらの類義語の中でも特に「積み重なった不安定さ」「基盤のもろさ」というニュアンスを強く含んでいます。
対義語
- 盤石(ばんじゃく):
非常に大きな岩のこと。転じて、極めて安定していて揺るがないこと。
(例:盤石な体制を築く) - 安泰(あんたい):
無事で安らかなこと。何の心配もない状態。 - 堅牢堅固(けんろうけんご):
非常に堅固で、しっかりしていること。
英語での類似表現
(like) a house of cards
- 意味:「トランプで作った家(のよう)」。
- 「累卵の危」と同様に、積み上げられたものが非常に不安定で、すぐに崩れそうな様子を表します。
- 例文:
Their whole strategy was built like a house of cards.
(彼らの戦略全体が、トランプの家のように脆いものだった。)
hang by a thread
- 意味:「一本の糸でぶら下がっている」。
- 命や状況が非常に危険で、いつ途切れてもおかしくない様子を表します。
- 例文:
The future of the company is hanging by a thread.
(その会社の未来は、非常に危うい状態にある。)
on thin ice
- 意味:「薄い氷の上にいる」。
- 類義語の「薄氷を踏む」とほぼ同じ意味で、危険な状況にいることを示します。
- 例文:
He is on thin ice with the manager after making that mistake.
(あのミスを犯した後、彼は部長との関係で危険な立場にある。)
「累卵の危」に関する豆知識 – 「累卵の勢い」との違い
「累卵」という言葉を使った別の表現に、「累卵の勢い(るいらんのいきおい)」があります。
これは、「累卵の危」とは全く逆の意味で、「積み重ねた卵が(坂道などを)転がり落ちる時のように、止めることができないほどの急速な勢い」を指します。
同じ「累卵」という言葉が入っていますが、「危うさ」と「急速な勢い」という正反対の意味になるため、混同しないよう注意が必要です。
まとめ – 「累卵の危」から学ぶ知恵
「累卵の危」は、積み重ねた卵という非常に分かりやすいたとえで、物事の危うさを伝える故事成語です。
この言葉は、単に「危険だ」と警告するだけでなく、その危険が「不安定な基盤」や「もろい積み重ね」に起因することを示唆しています。
現代社会においても、経営、人間関係、あるいは計画など、一見うまくいっているように見えても、実は「累卵の危」にあるものはないか、足元を見つめ直すきっかけを与えてくれる言葉ですね。







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