「どうしても叶えたい目標がある」「無理だと言われても諦めきれない」。
そんな強い思いを抱いて何かに打ち込んでいるとき、この言葉は大きな支えとなります。
精神一到何事か成らざらんとは、心を集中して努力すれば、どのような難事業であっても成し遂げられるという意味の言葉です。座右の銘として、多くの人に愛されている力強いフレーズです。
「精神一到何事か成らざらん」の意味
精神を一つのことに集中させれば、できないことはないという教えです。強い信念と継続的な努力の重要性を説いています。
四字熟語として単に「精神一到」と略して使われることもありますが、本来はこの一文で一つの意味を成します。
- 精神(せいしん):心。物事に対する心の持ち方。
- 一到(いっとう):一つのところに集中すること。徹底すること。
- 何事か成らざらん(なにごとか ならざらん):
「どうして成就しないことがあろうか(いや、必ず成就する)」という反語の表現です。
「精神一到何事か成らざらん」の語源・由来
この言葉は、中国・南宋時代の儒学者である朱熹(しゅき/朱子)の言行録『朱子語類』に由来します。
『朱子語類』の巻八(学二)には、次のような記述があります。
「陽気発処、金石亦透、精神一到、何事不成」
(陽気の発する処、金石も亦た透る。精神一到、何事か成らざらん)
これは、朱子が弟子たちに対して「心(気)を集中させることの凄まじさ」を説いた場面です。
「石に立つ矢」の伝説が背景に
朱子のこの発言の背景には、中国の歴史書『史記』などに記されている李広(りこう)将軍の有名な逸話があります。
ある夜、李広は草むらの石を虎と見間違え、必死の思いで矢を射ました。すると、矢は硬い石に見事に突き刺さったといいます。
朱子はこの伝説(いわゆる石に立つ矢)を引き合いに出し、「気が十分に発せられれば、矢が石を貫通することさえある。
それと同じように、精神を集中させればどんなことでも成し遂げられるのだ」と教えたのです。
「精神一到何事か成らざらん」の使い方・例文
困難な目標に挑む自分自身を鼓舞する場合や、チームや部下を激励するスローガンとして使われることが多い言葉です。
学業、スポーツ、ビジネスなど、分野を問わず「不屈の精神」を示す際に適しています。
例文
- 「このプロジェクトは困難を極めるが、精神一到何事か成らざらんの気概で乗り切ろう。」
- 「精神一到何事か成らざらん。必死に取り組めば、苦手な分野でも必ず克服できるはずだ。」
- 「受験勉強で心が折れそうなときは、精神一到何事か成らざらんという言葉を思い出して机に向かう。」
「精神一到何事か成らざらん」の誤用・注意点
漢字の書き間違い
非常に間違いやすいのが「一到」の漢字です。特に「統一」と混同しないよう注意が必要です。
- × 精神一統:「一統」は全体を一つにまとめること(天下統一など)。集中するという意味はないため誤り。
- × 精神一倒:「倒れる」ではない。
- × 精神一投:「投球」ではない。
精神論の押し付け
「気合いがあれば何でもできる」という意味で使われますが、現代のビジネスシーンなどで他者に強要すると、過度な根性論と受け取られるリスクがあります。
物理的に不可能な状況や、論理的な解決が必要な場面で、具体的な策もなくこの言葉だけで押し通すのは避けたほうが無難です。
「精神一到何事か成らざらん」の類義語
- 一念通天(いちねんつうてん):
固い決意を抱いて一心に取り組めば、その思いは天に通じて物事を成し遂げられるということ。 - 点滴穿石(てんてきせんせき):
小さな水滴でも、長く落ち続ければ硬い石に穴をあけることができる。わずかな力でも積み重ねれば大きな成果が得られるというたとえ。 - 有志竟成(ゆうしきょうせい):
志をしっかり持っていれば、いつかは目的を達成できるということ。後漢の光武帝の言葉。 - 石に立つ矢(いしにたつや):
必死になって行えば、どんなことでもできるというたとえ。この言葉の由来となったエピソードそのものを指す。
「精神一到何事か成らざらん」の対義語
「精神一到何事か成らざらん」の英語表現
Where there is a will, there is a way.
- 意味:「意志あるところに道は開ける」
- 解説:日本の「精神一到」や「なせばなる」に近い、非常に有名な英語のことわざです。第16代アメリカ大統領リンカーンも好んで使ったとされます。
- 例文:
Don’t give up. Where there is a will, there is a way.
(あきらめてはいけない。精神一到何事か成らざらん[意志あるところに道は開ける]だよ。)
Concentration conquers all.
- 意味:「集中は何事も征服する」
- 解説:精神の集中が成功をもたらすというニュアンスを直接的に伝えます。
「精神一到何事か成らざらん」に関する豆知識
夏目漱石『野分』での使用例
明治の文豪、夏目漱石の小説『野分』(のわき)には、登場人物が演説をする場面でこの言葉が登場します。
「精神一到何事か成らざらんとは古人の語でありますが、精神の籠らぬ事業は、事業として成立せぬのみならず、……」
近代日本においても、新しい時代を生きるための精神的指針として、この言葉が重みを持って使われていたことがうかがえます。
まとめ
精神一到何事か成らざらんは、心を一つに集中させることで、不可能と思われることも可能にするという力強い言葉です。
単なる精神論として使うのではなく、何かに挑戦する際の「心の支え」や、迷いを断ち切るための「指針」として心に留めておくと、困難な壁に直面したときに現状を打破するきっかけになることでしょう。


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