「良妻賢母」(りょうさいけんぼ)は、かつての日本において「女性の理想像」とされていた言葉です。
昭和の頃までは、お見合いの釣書(プロフィール)や結婚相手への最上級の褒め言葉として使われていました。しかし、価値観が多様化した現代においては、少し違ったニュアンスで受け取られることもあり、使いどころに注意が必要な言葉でもあります。
意味
「良妻賢母」とは、夫にとっては良い妻であり、子供にとっては賢い母であることを意味する四字熟語です。
家庭を適切に管理し、夫を支え、子供の教育やしつけを立派に行う女性を指します。
明治時代以降、日本の女子教育における最大の目標(規範)として掲げられてきました。
- 良妻(りょうさい):夫に対して気立てが良く、家庭をうまく切り盛りする妻。
- 賢母(けんぼ):子供に対して愛情深く、かつ賢く教育する母。
語源・由来
「良妻賢母」という言葉は、明治時代初期の啓蒙思想家・中村正直(なかむらまさなお)が提唱した女子教育論に由来すると言われています。
1875年(明治8年)、中村正直は「善良なる母を造る説」という演説を行いました。
彼は欧米の家庭教育の重要性に注目し、「国の強さは、家庭における母の教育にある」と説きました。
この思想が、当時の日本にあった儒教的な道徳観と結びつき、後に「良妻賢母」というスローガンとして定着しました。
意外に思われるかもしれませんが、もともとは「欧米の近代的な女性像」をモデルにして生まれた言葉であり、それが日本の国家主義的な教育方針と合致して広がったという背景があります。
使い方・例文
現代において「良妻賢母」を使用する際は、相手の価値観への配慮が必要です。
「家庭的で素晴らしい女性」という純粋な称賛として使われる一方で、「女性は家庭に入るべき」という古い性別役割分業を押し付ける言葉と受け取られるリスクもあります。
例文
- 彼女はバリバリ働いているが、家では「良妻賢母」として家族を支えている。
- 母はまさに「良妻賢母」を絵に描いたような人で、いつも家族のことを第一に考えてくれた。
- 昭和の時代、多くの女性学校で「良妻賢母」の育成が教育目標に掲げられていた。
良妻賢母の歴史的背景
明治32年(1899年)に「高等女学校令」が公布されると、「良妻賢母」は日本の女子教育の「国是(国の指針)」とされました。
当時の学校教育では、女性が高い教養を身につけることは、あくまで「立派な家庭を作り、国に貢献する優秀な国民(子供)を育てるため」とされていました。
このように、個人の幸福よりも「家」や「国」への貢献が重視されていた点が、現代の感覚とは異なるところです。
類義語・関連語
「良妻賢母」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 賢母良妻(けんぼりょうさい):
「良妻賢母」と同じ意味。語順が逆になったものですが、意味に違いはありません。 - 内助の功(ないじょのこう):
家庭内から夫の外部での活動を支えること。妻の功績を称える際によく使われます。 - 賢夫人(けんぷじん):
賢くて徳のある夫人のこと。他人の妻を敬って呼ぶ言葉です。
対義語
「良妻賢母」とは対照的な意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 悪妻(あくさい):
夫や家庭にとって良くない妻のこと。
(関連:悪妻は百年の不作) - 悪女(あくじょ):
心が悪い女性。または、容姿が醜い女性を指すこともあります。 - 毒婦(どくふ):
男性をたぶらかしたり、悪事を働いたりする女性。
英語表現
「良妻賢母」は日本独自の四字熟語ですが、その起源が欧米にあるため、対応する直訳表現が存在します。
Good wife, wise mother
- 意味:「良き妻であり、賢き母」
- 解説:明治時代にこの概念が輸入された際の元となった表現であり、日本の「良妻賢母」を英語で説明する際の定訳です。
- 例文:
Traditionally, the ideal Japanese woman was a good wife and wise mother.
(伝統的に、日本の理想的な女性像は良妻賢母であった。)
まとめ
「良妻賢母」は、明治から昭和にかけての日本女性の理想像として、長く社会に浸透してきた言葉です。
現代では、女性の生き方は「家庭」だけに限られなくなりました。
しかし、家族を愛し、知性を持ってパートナーや子供を支えるという「人間としての賢さや愛情」の部分は、時代や言葉の響きが変わっても、変わらず尊いものでしょう。




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