ダイエット中、目の前のケーキを食べるか我慢するかで迷う。
部活動に打ち込みたいけれど、試験勉強の時間も確保しなければならない。
このように、二つの相反する思いが心の中で激しくぶつかり合い、どちらを選ぶべきか決められずに苦しむ状況を、
「葛藤」(かっとう)と言います。
誰しも一度は、自分の中に矛盾する願いを抱え、身動きが取れなくなるような感覚を覚えたことがあるはずです。
この言葉は、元々は植物の絡み合う様子から生まれた、非常に視覚的なイメージを持つ表現です。
意味・教訓
「葛藤」とは、心の中に二つ以上の相反する欲求や感情が同時に存在し、そのどちらを選択するか決めかねて悩む状態を指します。
また、個人の中での迷いだけでなく、人と人との間での対立や、複雑にもつれた人間関係を表す際にも使われます。
この熟語は、以下の二つの植物を表す文字から成り立っています。
- 葛(くず):山野に自生するマメ科のつる草。
- 藤(ふじ):薄紫色の花を咲かせるマメ科のつる植物。
語源・由来
「葛藤」の語源は、植物の葛と藤が一本の木に絡みつく様子にあります。
葛と藤はどちらも強い繁殖力を持つつる植物です。
これらが同じ木に巻き付くと、互いのつるが複雑に入り乱れ、容易には解けない状態になります。
この「解きほぐすことが難しいもつれ」を、人間の複雑な感情や、仏教における「悟りを妨げる煩悩(執着心)」に例えるようになりました。
一説には、葛と藤のつるの巻き方が左右逆であるため、より複雑に絡まるのだとも言われます。
いずれにせよ、自分一人ではどうにもできないほどに心がもつれ、苦しむ様子がこの言葉の核となっています。
使い方・例文
「葛藤」は、大きな決断を迫られている時だけでなく、日常の些細な迷いに対しても使われます。
基本的には「葛藤する」「葛藤を抱える」「葛藤が生じる」といった形で表現します。
単なる「悩み」よりも、二つの選択肢が明確にぶつかり合っているというニュアンスが強いのが特徴です。
例文
- 憧れの大学に挑戦したい気持ちと、浪人を避けたいという不安の間で「葛藤」している。
- 「週末は家でゆっくり休みたい」という自分と、「子供を公園に連れて行きたい」という親としての自分が「葛藤」している。
- チームの勝利のために厳しい意見を言うべきか、良好な人間関係を維持すべきか、彼は激しい「葛藤」に苛まれた。
文学作品・メディアでの使用例
文学の世界において、登場人物の内面的な揺れは物語の核心となることが多く、この言葉もしばしば重要な場面で登場します。
『こころ』(夏目漱石)
明治末期の知識人の孤独と苦悩を描いた名作です。
主人公の「先生」が、親友を裏切って愛を手に入れようとする際、その倫理観と欲望の間で激しく揺れ動く心理描写の中に、言葉の重みが表れています。
私の心はまたしても葛藤を始めました。
智慧の出るまで待つか、それとも勢の出るまで待つか、……。
類義語・関連語
「葛藤」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 板挟み(いたばさみ):
二つの対立する勢力や意見の間に立って、どちらにも味方できず苦しむこと。 - ジレンマ:
二つの選択肢があり、どちらを選んでも好ましくない結果になるという窮地。
→ジレンマに関する言葉一覧 - 二の足を踏む(にのあしをふむ):
迷いや不安のために、決断を下せずにためらうこと。 - 煩悶(はんもん):
悩みや苦しみで、心の中が悶々として解決がつかないこと。
「葛藤」は自分一人の内面での戦いを指すことが多いですが、「板挟み」は周囲の人々との関係性の中で生じる苦しみを強調する際に使い分けられます。
対義語
「葛藤」とは対照的な意味を持つ言葉は、迷いが晴れた状態を指すものが中心となります。
- 吹っ切れる(ふっきれる):
迷いやこだわりが消えて、気持ちがさっぱりすること。 - 割り切る(わりきる):
未練や疑問を捨て、結論を下して納得すること。 - 一意専心(いちいせんしん):
他のことに目もくれず、一つのことに心を集中させること。
英語表現
「葛藤」を英語で表現する場合、心理的な対立を指す「Conflict」が最も一般的です。
Conflict
- 意味:「葛藤、衝突、対立」
- 解説:心の中の矛盾だけでなく、意見の衝突など幅広く使われる単語です。
- 例文:
She faced a psychological conflict between her duty and her desires.
(彼女は義務と欲望の間で、心理的な「葛藤」に直面した)
Dilemma
- 意味:「板挟み、ジレンマ」
- 解説:二つの困難な選択肢の間で迷う、より切迫した状況に使われます。
- 例文:
I am in a dilemma about whether to accept the job offer.
(その仕事を引き受けるべきかどうか、「葛藤」している)
植物としての「葛」と「藤」の背景
言葉の由来となった葛と藤は、どちらも日本人に古くから親しまれてきた植物です。
葛は秋の七草の一つであり、その根からは「葛粉」が取れ、和菓子や薬の原料として重宝されてきました。
一方の藤は、その美しい垂れ下がる花が万葉集の時代から愛でられてきました。
これら二つの植物が実際に生えている姿を見ると、どちらも非常に生命力が強く、近くに巻き付くものがあれば際限なく伸びていきます。
野生の森では、葛と藤が樹木を覆い尽くし、絡まり合いながら太陽の光を奪い合う光景が見られます。
その、どちらも譲らない力強さと複雑さが、人間の割り切れない感情を表現するのにいかに適していたかがうかがえます。
まとめ
「葛藤」という言葉を知ることは、私たちが迷いの中にいるとき、その状態を客観的に見つめる手助けをしてくれます。
心の中の葛と藤が絡まり合っているのだとイメージできれば、今は無理に解こうとせず、まずその状況を受け入れるという選択もできるかもしれません。
人生の節目や日々の暮らしの中で、相反する思いに揺れるのは、それだけ真剣に物事と向き合っている証拠とも言えることでしょう。
この言葉は、そんな人間らしい心の揺らぎを端的に表すのに、便利な表現と言えることでしょう。




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