意味
「遺臭万年(いしゅうまんねん)」とは、一度立った悪評が、遠い後の世まで消えずに残ってしまうという意味です。
「遺臭」は後に残る嫌なにおい(醜い評判)を指し、「万年」はきわめて長い年月の例えです。
一度染み付いた悪名は、千年、万年経っても消えることがないという、名誉を重んじるべきだという教訓が込められています。
- 遺(い):のこす。後に伝える。
- 臭(しゅう):くさいにおい。転じて、醜い評判や悪評。
- 万年(まんねん):一万年。非常に長い年月。
語源・由来
「遺臭万年」の由来は、中国の歴史書『晋書(しんじょ)』に記された、東晋の将軍・桓温(かんおん)の言葉です。
野心家として知られた桓温は、後の世の評判を思い、次のように言ったと『晋書』桓温伝に記されています。
既不能流芳後世,不足復遺臭萬載邪!
(良い名を後の世に伝えることができないのなら、悪い名を万年の後まで残すことさえできないというのか。)
本来の出典では「遺臭万載(いしゅうまんざい)」と記されていますが、「載」も「年」と同じく歳月を意味し、「遺臭万年」の形は中国でも成語として使われています。
もともとは「無名で終わるくらいなら悪名でもいい」という彼の屈折した野心を表すエピソードですが、現在では「取り返しのつかない不名誉を後世にさらす」という意味で、自戒や批判を込めて使われます。
使い方・例文
「遺臭万年」は、単なる日常のミスではなく、社会的な信用を失墜させるような重大な局面で使われます。
組織の存続を危うくする不正や、地域社会の信頼を根本から裏切るような行為に対して、その責任の重さを強調する文脈で用いられます。
例文
- 一族の代表として不正に関わるのは、先祖に対しても遺臭万年の恥をさらすことだ。
- 自分の代で伝統を汚し、町の人々に遺臭万年の思いをさせるわけにはいかない。
- 目先の利益のために自然を破壊した企業は、遺臭万年のそしりを受けるだろう。
誤用・注意点
「遺臭万年」は、非常に重みのある言葉です。
「テストで赤点を取った」「料理を失敗した」といった個人的で些細な失敗に対して使うのは不自然です。また、この言葉の背景には「あえて名を残そうとする」という野心が潜んでいるため、不可抗力による不運な出来事に対して使うのも適切ではありません。
あくまで、自らの行いの結果として生じた、歴史的・社会的な不名誉を指す言葉です。
類義語・関連語
「遺臭万年」と似た意味を持つ言葉には、次のようなものがあります。
- 醜名を流す(しゅうめいをながす):
恥ずべき悪い評判を世間に広めてしまうこと。 - 悪名高い(あくみょうだかい):
悪い評判が非常に広まっていて、多くの人に知られていること。
対義語
「遺臭万年」とは対照的に、良い名前を残すことを表す言葉には、次のようなものがあります。
- 流芳百世(りゅうほうひゃくせい):
立派な名声や誉れを、後世まで長く伝えること。中国では「遺臭万年」の対義語とされる成語です。 - 万古流芳(ばんこりゅうほう):
すぐれた名声が、永遠に語り継がれていくこと。
英語表現
「遺臭万年」を英語で表現する場合、悪評や不名誉が続くことを表す言い方が合います。
live in infamy
悪い評判とともに、いつまでも記憶され続けることを表す言い方。
ローズベルト大統領が日米開戦の日を「a date which will live in infamy」と呼んだ演説で広く知られる表現。
His cruelty will live in infamy.
(彼の残虐な行いは、遺臭万年の悪名として長く語り継がれるだろう。)
桓温は「遺臭万載」の前に野心をのぞかせていた
『晋書』では、桓温はまず寝ころんだまま、側近たちにこう言っています。
為爾寂寂,將為文景所笑。
(このままひっそりしていては、文帝・景帝に笑われるだろう。)
ここでいう文帝・景帝は、魏の実権を握って晋が建つ道を開き、のちに皇帝の名を贈られた司馬昭・司馬師の兄弟を指すと読まれています。
側近は誰もあえて答えず、桓温はやがて起き上がって「遺臭万載」の一言を続けました。
同じ場面は、『晋書』より200年ほど前にまとめられた逸話集『世説新語』にも、ほぼ同じ言葉で載っています。
『晋書』はこの場面を、桓温が臣下でありながら皇帝の位への望みを抱いていた例として書いています。
「遺臭万年」のもとになった言葉は、悪名でもかまわないという開き直りであると同時に、その野心をのぞかせた一言でもありました。










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