意味
「芋頭でも頭は頭(いもがしらでもかしらはかしら)」とは、どんなに小さな集団の長でも、長であることに変わりはないという意味です。
- 芋頭(いもがしら):里芋の親芋のこと。
里芋のような取るに足りないものの頭でも頭は頭であるように、小さな集団の長も、長と名がつけばそれなりの値打ちがあるという考え方を表しています。
語源・由来
「芋頭」は里芋の球茎、つまり親芋のことです。
里芋は、一つの大きな親芋を中心に、そのまわりに子芋や孫芋がいくつもついて育ちます。
親芋を「芋の頭(かしら)」と呼ぶことに掛けて、たとえ芋の頭でも頭は頭だ、という言い方で、小さな集団の長も長であることに変わりはないと言い表しています。
使い方・例文
小さな集団や目立たない組織の長を、長であることに変わりはないと認める場面や、小さな集団の長が自分の立場を言う場面で使われます。
例文
- 部員五人の同好会でも部長は部長だ。芋頭でも頭は頭で、顧問との話し合いは彼女に任されている。
- 小さな町内会の会長とはいえ、芋頭でも頭は頭、会合では皆が彼の意見を待っている。
- 社員三人の会社でも社長は社長だと、父は芋頭でも頭は頭を口癖にしていた。
類義語・関連語
「芋頭でも頭は頭」と同じく、小さな集団の長を取り上げた言葉には、次のようなものがあります。
- 鶏口となるも牛後となるなかれ(けいこうとなるもぎゅうごとなるなかれ):
大きな牛の尻についていくより、小さな鶏の口(リーダー)になるほうがよいという教えです。 - 鯛の尾より鰯の頭(たいのおよりいわしのあたま):
立派な鯛の末端(尾)でいるよりは、平凡な鰯のリーダー(頭)になるほうがましであるという意味です。
「芋頭でも頭は頭」と「鶏口牛後」の違い
どちらも小さな集団の長を取り上げた言葉ですが、言っていることが違います。
| 語句 | 由来 | 言っていること |
|---|---|---|
| 芋頭でも頭は頭 (いもがしらでもかしらはかしら) | 里芋の親芋(芋頭) | どんなに小さな集団の長でも、長であることに変わりはない |
| 鶏口牛後 (けいこうぎゅうご) | 中国の故事 | 大きな集団の末端にいるより、小さな集団の長になるほうがよい |
芋頭でも頭は頭の「芋頭」は正月の縁起物
「芋頭」は、人の頭(かしら)に立つことに通じ、また子芋が多くつくことから縁起物とされ、新年の季語にもなっています。
京都では、正月の雑煮に里芋の親芋を丸ごと入れる風習があり、これを「頭芋」と呼びます。
人の上に立つ「頭(かしら)」になるように、という願いを込めたものです。
おせちに使われる「八つ頭」も同じ理由です。
親芋と子芋がくっついて頭がいくつもあるように見えることから、出世を願う品として並べられます。
ことわざと同じ見立てが、料理のほうにも残っています。








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