意味
「莫逆の友(ばくぎゃくのとも)」とは、互いの心に逆らうものが何もないほど、深く親しい友のことです。
「莫逆」は「ばくげき」とも読み、「ばくげきのとも」と言うこともあります。
ただの仲のよい友人ではなく、気心がよく通じ合い、心から打ち解け合える親友を指します。
- 莫(ばく):「〜がない」と打ち消す字。
- 逆(ぎゃく):さからうこと。
語源・由来
この言葉は、中国の古典『荘子』の大宗師篇にある話から生まれました。
四人の人物が語り合い、死と生が一つのものだと分かっている者がいれば、その人と友だちになりたいと言いました。
そして四人は顔を見合わせて笑い、心に逆らうものが何もなかったので、そのまま友だちになりました。
その場面を書いた、次の一節が由来です。
孰知死生存亡之一體者,吾與之友矣。四人相視而笑,莫逆於心,遂相與爲友。
(死と生、存と亡が一体であると知る者がいれば、わたしはその者と友になろう。四人は顔を見合わせて笑い、心に逆らうものがなく、そのまま互いに友となった。)
「莫逆」は、原文の「莫逆於心」(心に逆らう莫し)から取った語です。
同じ意味で「莫逆の交わり」「莫逆の契り」という形もあります。
使い方・例文
- 祖父には、戦後すぐに知り合った莫逆の友が今も一人いる。
- 彼とは学生時代からの莫逆の友で、隠し事をしたことがない。
- 二人は莫逆の友として、互いの店の相談にいつも乗っていた。
類義語・関連語
親しい友やその間柄を、古い故事から言い表した語です。
- 管鮑の交わり(かんぽうのまじわり):
中国の春秋時代の管仲と鮑叔の故事から、利害を超えた親密な交友。 - 刎頸の交わり(ふんけいのまじわり):
相手のためなら首をはねられても悔いがないほどの、固い友情で結ばれた間柄。 - 水魚の交わり(すいぎょのまじわり):
水と魚のように、離れることのできない親密な間柄。
「莫逆の友」と類義語の違い
どれも親密な友人関係を表しますが、「莫逆の友」は友である人そのものを指し、ほかの三語は二人の間柄を指します。
| 語句 | 指すもの | ニュアンス |
|---|---|---|
| 莫逆の友 (ばくぎゃくのとも) | 人(友人) | 心に逆らうものがない親友 |
| 管鮑の交わり (かんぽうのまじわり) | 間柄 | 利害を超えた交友 |
| 刎頸の交わり (ふんけいのまじわり) | 間柄 | 命をかけられるほどの友情 |
| 水魚の交わり (すいぎょのまじわり) | 間柄 | 離れられない親密さ |
英語表現
bosom friend
心を許し合った親友。
He has been my bosom friend since childhood.
(彼は子どものころからの莫逆の友だ。)
「莫逆の友」のもとの「莫逆於心」は、大宗師篇に二度出る
『荘子』大宗師篇には、「莫逆於心」を使った話がもう一つあります。
子桑戸・孟子反・子琴張の三人も、顔を見合わせて笑い、心に逆らうものがなく、友となりました。
やがて子桑戸が亡くなると、孔子は弟子の子貢を弔いの手伝いに行かせます。
ところが残った二人は、遺体のそばで琴を弾き、歌をうたっていました。
子貢趨而進曰:「敢問臨尸而歌,禮乎?」二人相視而笑曰:「是惡知禮意!」
(子貢が進み出て「遺体を前にして歌うのは、礼にかなうのですか」と尋ねると、二人は顔を見合わせて笑い、「この者に礼の本当の意味が分かるものか」と言った。)
報告を受けた孔子は、彼らを世俗の外に遊ぶ者、自分を世俗の内に遊ぶ者と呼び分けました。


コメント