「隣の芝生は青い」「隣の花は赤い」といったことわざは有名ですが、「隣の糂汰味噌(となりのじんだみそ)」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。
これもまた、「他人のものが自分ものよりも良く見えてしまう」という、人間の普遍的な心理を表したことわざです。
「芝生」や「花」といった美しいものではなく、「味噌」という日常的なもの、それもあまり上等ではない味噌を使う点に、この言葉の面白さがあります。
「隣の糂汰味噌」の意味
「隣の糂汰味噌」とは、「隣の家のものは、たとえそれが糂汰味噌のようなありふれた(あるいは粗末な)ものであっても、自分の家のものより良く見えてしまう」という意味です。
つまり、「隣の芝生は青い」や「隣の花は赤い」と全く同じ、「他人の持ち物や環境は、何でも自分のものより優れているように感じてしまう」という羨望(せんぼう)の心理を表しています。
「糂汰味噌(じんだみそ)」とは?
このことわざを理解する鍵は、「糂汰味噌」という言葉にあります。
- 糂汰(じんだ):
米糠(こめぬか)や、大豆の殻、野菜くずなどを細かく刻んだものを指します。 - 糂汰味噌(じんだみそ):
かつて、味噌の量を増やす(かさ増しする)ために、大豆や米麹(こうじ)に「糂汰」を混ぜて作った味噌のこと。
つまり、「糂汰味噌」とは、純粋な味噌ではなく、安価で粗末な、あまり質の良くない味噌を指します。
転じて、「ありふれたもの」「たいして価値のないもの」の比喩として使われます。
「隣の芝生は青い」が、隣の「良いもの(青い芝生)」を羨むのに対し、「隣の糂汰味噌」は、隣の「たいして良くないもの(糂汰味噌)」でさえも良く見えてしまう、というニュアンスを含んでおり、より強く人間の羨望の心理を皮肉っていると言えます。
「隣の糂汰味噌」の語源
特定の逸話や出典に基づくものではなく、日本の庶民の生活実感から生まれた比喩表現です。
自分の家の味噌は、毎日使うものであり、その味や価値(あるいは欠点)もよく知っています。しかし、隣の家のことはよく見えないため、「うちの味噌より美味しいのではないか」「何か特別なものが入っているのではないか」と想像して羨ましく思ってしまう。
そんな日常の風景から、他人のものを無条件に良く思ってしまう心理を、「糂汰味噌」という非常に卑近な例えで表現した、日本的なことわざです。
「隣の糂汰味噌」の使い方と例文
基本的な使い方は「隣の芝生は青い」と全く同じです。
現代では「隣の芝生〜」の方が一般的ですが、あえて「糂汰味噌」を使うことで、話にユーモラスな響きや、やや皮肉めいたニュアンスを加えることができます。
例文
- 「あそこの会社は給料が良いと聞くが、実際のところは分からない。まさに「隣の糂汰味噌」かもしれないよ。」
- 「Aさんの旦那さん、優しそうに見える? 「隣の糂汰味噌」という言葉もある。他人のものは何でも良く見えるものだ。」
- 「新しく出た他社の製品が気になるが、よく比べれば自社のものと大差ない。「隣の糂汰味噌」で、冷静さを失っていた。」
類義語・関連語
「隣の糂汰味噌」と全く同じ意味のことわざが複数あります。
- 隣の芝生は青い(となりのしばふはあおい):
最も一般的に使われる同義語。 - 隣の花は赤い(となりのはなはあかい):
同義語。 - 隣の餅も大きく見える(となりのもちもおおきくみえる):
隣の家の餅は、自分の家の餅より大きく立派に見える、という意味。
対義語
他人を羨むのではなく、自分の状況に満足する様子を表す言葉です。
- 足るを知る(たるをしる):
自分の置かれている状況に満足し、それ以上を求めないこと。 - 分相応(ぶんそうおう):
自分の身分や能力にふさわしいこと。
英語での類似表現
「糂汰味噌」のような日本特有の比喩はありませんが、「隣の芝生は青い」と同じ英語表現が、このことわざのニュアンスにも当てはまります。
The grass is greener on the other side (of the fence).
- 意味:「(フェンスの)向こう側の芝生は、より緑色だ」
- 解説:「隣の芝生は青い」の元になったとされる代表的な英語のことわざです。他人の状況や持ち物が自分ものより良く見える、という全く同じ心理状態を指します。
- 例文:
You may think my life is perfect, but the grass is always greener on the other side.
(あなたは私の人生が完璧だと思うかもしれないが、いつだって隣の芝生は青いものだよ。)
まとめ – 「糂汰味噌」から学ぶ人間の心理
「隣の糂汰味噌」は、「隣の芝生は青い」という言葉よりも、さらに一歩踏み込んでいます。
「芝生」や「花」のような美しいものですらなく、「糂汰味噌」という粗末なものでさえも、他人のものというだけで良く見えてしまう。これは、人間の「羨望」や「比較癖」の本質を、非常に鋭く、そしてユーモラスに突いたことわざです。
「糂汰味噌」という言葉の背景を知ることで、昔の人の豊かな表現力と、現代にも通じる人間観察の鋭さを感じ取ることができますね。









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