隣の糂汰味噌

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ことわざ 慣用句
隣の糂汰味噌
(となりのじんだみそ)

9文字の言葉と・ど」から始まる言葉
隣の糂汰味噌 意味・使い方
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SNSを見ていると、他人の暮らしがやたらとキラキラ輝いて見え、自分の現状と比べて落ち込んでしまうことがあります。
そんなふうに、他人の持ち物や環境がなぜか自分のものより素晴らしく見えてしまう心理を、
「隣の糂汰味噌」(となりのじんだみそ)と言います。

意味

「隣の糂汰味噌」とは、他人のものは、たとえ粗末なものであっても自分のものより良く見えてしまうという意味の言葉です。

  • 糂汰(じんだ):ぬか味噌、あるいは枝豆などをすりつぶしたもの(ずんだの語源)。
  • 糂汰味噌(じんだみそ):味噌の量を増やすために米ぬかなどを混ぜ合わせた、あまり上等ではない粗末な味噌のこと。

語源・由来

「隣の糂汰味噌」の文献的なルーツは、江戸時代中期の1715年に書かれた談義本『艷道通鑑(えんどうつがん)』にあるとされています。

この書物の中に、「我が家の白味噌よりも、隣の糂汰(安い味噌)を味よく覚えるのは珍しいからか」という一文があり、これがことわざとして定着しました。

かつての日本では各家庭で手前味噌を仕込んでいました。
自分の家の味噌の味や質はよく分かっていますが、隣の家の家庭事情までは詳細に分かりません。
たとえ相手が安価で粗末な「糂汰味噌」を食べていたとしても、「よその家は、うちより美味しいものを食べているに違いない」と勝手に想像して羨んでしまうという、人間の滑稽な心理を表しています。

使い方・例文

他人の状況をうらやむ人に対して、たしなめたり客観的な視点を持たせたりする場面で使われます。

  • 隣の家の庭ばかり立派に見えるのは、隣の糂汰味噌というものだ。
  • 友人の成績ばかりうらやましく思えるのは、まさに隣の糂汰味噌だ。
  • 他人の暮らしが輝いて見えるのは、たいてい隣の糂汰味噌である。

類義語・関連語

「隣の糂汰味噌」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。

  • 隣の芝生は青い(となりのしばふはあおい):
    他人のものは何でも良く見えてしまうことの例え。
  • 隣の花は赤い(となりのはなはあかい):
    他人の持っているものは、自分のものより美しく見えるということ。
  • 隣の飯はうまい(となりのめしはうまい):
    他人が食べているものは、自分のものより美味しく見えること。

対義語

「隣の糂汰味噌」とは対照的な意味を持つ言葉は、以下の通りです。

  • 隣の白飯より内の粟飯(となりのしろめしよりうちのあわめし):
    他人の家で気兼ねして食べるご馳走(白飯)よりも、自分の家で気楽に食べる粗末な食事(粟飯)のほうがずっと良いということ。
  • 足るを知る(たるをしる):
    身分相応に満足することを知り、それ以上の欲望を持たないこと。

英語表現

「隣の糂汰味噌」を英語で表現する場合、同じ心理を表す以下の定型句が当てはまります。

The grass is always greener on the other side of the fence.

直訳:フェンスの向こう側の芝生は、いつもより青い
意味:他人の状況や持ち物は、自分のものよりも良く見えるものだということ。

  • 例文:
    I sometimes envy his job, but I know the grass is always greener on the other side of the fence.
    彼の仕事を羨ましく思うこともあるが、まさに隣の糂汰味噌だと分かっている。

粗末なものでさえ羨む皮肉の面白さ

この言葉が、有名な「隣の芝生は青い」や「隣の花は赤い」と異なるのは、羨む「対象」にあります。

芝生や花はもともと手入れされた美しいものですが、「糂汰味噌」は米ぬかなどを混ぜた、本来であれば決して上等とは言えない粗末なものです。
それでも、「他人の家にある」というただそれだけの理由で、自分の上等な白味噌よりも良く見えてしまう。
その滑稽さをあえて強調することで、人間の果てしない羨望心理をより鋭く皮肉っている点に、この言葉の独自の面白さがあります。

隣を羨みそうになったとき、この言葉のユーモアを思い出すことで、今自分の手元にあるものの本当の価値に気づくきっかけになるかもしれません。

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