隣の花は赤い

スポンサーリンク
ことわざ
隣の花は赤い(となりのはなはあかい)
短縮形:隣の花

10文字の言葉と・ど」から始まる言葉

自分の持っているものより、他人の持っているものの方がなぜか良く見えてしまう。そんな経験はありませんか。

隣の花は赤い(となりのはなはあかい)」は、まさにそうした人間の心理、つまり「他人のものが自分ものよりも優れて見える」ことを表したことわざです。

この言葉には「花が赤い」という表現のほかに、もっとよく聞く有名なバリエーションがあります。

「隣の花は赤い」の意味

「隣の花は赤い」とは、「隣の家(他人)の庭に咲いている花は、自分の家の花よりも赤く(=美しく、立派に)見える」ということです。

そこから転じて、「他人の持ち物や環境、状況などが、自分のものよりも何でも良く見えてしまう」という、羨望(せんぼう)や嫉妬(しっと)の感情を指します。

「隣の芝生は青い」との違い

このことわざは、「隣の芝生は青い(となりのしばふはあおい)」という形で使われることの方が、現代では一般的です。

  • 隣の花は赤い
  • 隣の芝生は青い

この二つは、意味や使う状況はまったく同じです。

「芝生」が「青い(=英語のGreen、緑色が鮮やかで生き生きしている)」のも、「花」が「赤い(=色が濃く、美しく咲き誇っている)」のも、どちらも「隣(他人)のものは、自分のものより良く見える」という心理状態を表しています。

「隣の花は赤い」の語源

特定の逸話や出典があるわけではなく、古くから人々の生活実感として生まれた比喩表現です。

自分の家の庭(自分の状況)は、苦労して手入れをしたり、雑草や枯れた部分(欠点)も見えたりします。
しかし、垣根越しに見る隣の家の庭(他人の状況)は、そうした苦労や欠点が見えず、美しい部分(花や青い芝生)だけが目に入りがちです。

こうした日常の風景から、「自分と他人を比較し、他人を羨む」という人間の普遍的な心理を捉えた言葉として定着しました。

「隣の花は赤い」の使い方と例文

他人の状況を羨ましく思ったり、自分の現状に不満を感じたりする際に使われます。
自分自身への戒め(いましめ)として使うことも、他人の様子を見て「あの人は、隣の花が赤く見えているだけだ」と評する時にも使います。

例文

  • 友人の昇進を素直に喜べない。きっと「隣の花は赤い」という心境なのだろう。
  • SNSで見かける華やかな生活は、まさに「隣の花は赤い」の典型だ。皆、良い部分しか見せていない。
  • 隣の花は赤い」と言うけれど、彼には彼の、私には私の苦労があるはずだ。

類義語・関連語

「隣の花は赤い」や「隣の芝生は青い」と、非常によく似た意味の言葉です。

  • 隣の芝生は青い(となりのしばふはあおい):
    「隣の花は赤い」とほぼ同義。
  • 隣の糂汰味噌(となりのじんだみそ):
    「糂汰味噌(じんだみそ)」は、ありふれた庶民の食べ物(味噌)のこと。そんなありふれたものでさえ、隣の家のものは良く見える、という意味。
  • 高嶺の花(たかねのはな):
    遠くから見ているだけで、手に入れることができないもののたとえ。「隣の花」から連想されますが、こちらは「羨望」に加え「諦め」のニュアンスが強いです。

対義語

他人を羨むのではなく、自分の状況に満足する様子を表す言葉です。

  • 足るを知る(たるをしる):
    自分の置かれている状況に満足し、それ以上を求めないこと。
  • 分相応(ぶんそうおう):
    自分の身分や能力にふさわしいこと。

英語での類似表現

「隣の芝生は青い」は、英語のことわざが由来とも言われており、まさにぴったりの表現が存在します。

The grass is greener on the other side (of the fence).

  • 意味:「(フェンスの)向こう側の芝生は、より緑色だ」
  • 解説:「隣の花は赤い」や「隣の芝生は青い」の元になったとされる、英語圏の代表的なことわざです。意味は全く同じで、他人の状況や持ち物が自分ものより良く見えることを指します。
  • 例文:
    He thinks my job is easy, but the grass is always greener on the other side.
    (彼は私の仕事が楽だと思っているが、いつだって隣の芝生は青いものだ。)

なぜ「隣の花」は赤く見えるのか

他人のものが良く見えてしまうのは、自然な人間心理です。

多くの場合、私たちは他人の状況を「結果」や「良い側面」だけで見てしまいます。隣の庭が美しく見えるのは、その持ち主が私達の見えないところ(早朝や休日など)で、懸命に雑草を抜いたり、肥料をやったりしている「苦労」や「過程」を見ていないからです。

自分の状況は、その苦労や欠点も含めてすべて知っているため、どうしても他人の良い部分と、自分の悪い部分を比較してしまいがちなのです。

まとめ – 「自分の花」に目を向ける

「隣の花は赤い」とは、他人のものが何でも良く見えてしまう人間の普遍的な心理を表すことわざです。

この感情自体は、決して悪いものではありません。しかし、隣の花ばかりを羨んでいても、自分の庭は荒れてしまいます。大切なのは、「隣の花が赤く見える」のは当たり前のことだと受け入れた上で、自分の花(自分の環境や努力)に目を向け、しっかりと水やり(手入れ)をすることかもしれませんね。

スポンサーリンク

コメント