SNSを開けば友人の豪華な食卓や、最新の家電を手に入れた自慢げな投稿が目に飛び込んできます。
自分も今の暮らしに不自由はないはずなのに、画面の向こう側の生活がやけにキラキラと輝いて見える。
そんな、他人の持ち物が実際よりも良く見えてしまう心理を、
「隣の花は赤い」(となりのはなはあかい)と言います。
意味・教訓
「隣の花は赤い」とは、他人の持っているものが、自分のものより優れているように見えることの例えです。
実際には同等か、あるいは自分の方が勝っていたとしても、心理的なフィルターによって他人の状況を羨ましく感じてしまう人間の心理を指します。
この言葉の核心は、隣家の庭に咲く花は、垣根越しに眺めるからこそ美しさが際立ち、手入れの苦労や細かな欠点が見えにくいために起こる主観的な錯覚への警告にあります。
語源・由来
「隣の花は赤い」は、日常の視覚的な経験から生まれた比喩表現です。
自分の庭に咲いている花は、毎日間近で見ているために見慣れてしまい、しおれた葉や虫食いといった欠点まで目に入ります。
一方、垣根越しに眺める隣家の花は、適度な距離があるために「最も美しく咲いている部分」だけが強調され、実際よりも色鮮やかに見えるものです。
こうした視覚的な錯覚が、人間が他人を羨む心理状態と結びつき、ことわざとして定着しました。
古くから人々の間で語り継がれてきた言葉ですが、江戸時代に成立した「上方いろはかるた」の「と」の札に採用されたことで、教訓として広く知れ渡るようになりました。
なお、江戸版のいろはかるたでは「年寄りの冷や水」が採用されており、地域による価値観の違いも見受けられます。
使い方・例文
「隣の花は赤い」は、他人の持ち物を羨んでいる自分を客観視する際や、現状に不満を抱いている人を優しく諭す場面などで用いられます。
例文
- 転職した友人が眩しく見えるが、隣の花は赤いで彼にも苦労はあるはずだ。
- 隣の花は赤いと言うから、あまり他人を羨んではいけない。
- 自分の生活に満足していても、ふと隣の花は赤いと感じる瞬間がある。
- 隣のクラスの出し物が楽しそうに見えるが、まさに隣の花は赤いだろう。
誤用・注意点
「隣の花は赤い」を、「他人のものは何でも横取りしたくなる」といった攻撃的な略奪のニュアンスで使うのは誤りです。
あくまで「他人のものが良く見える」という主観的な思い込みや羨望を指す言葉であり、具体的な行動を促す意味は含まれていません。
また、この言葉は「羨んでいる側」の視点で使われるものです。
自分が恵まれていることを誇示する際に「あなたにとって私の花は赤いでしょう」といった使い方は、非常に不自然で傲慢な印象を与えるため注意が必要です。
類義語・関連語
「隣の花は赤い」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 隣の芝生は青い(となりのしばふはあおい):
他人のものは自分のものより良く見えるということ。西洋のことわざが日本に定着したものです。 - 隣の糂汰味噌(となりのじんだみそ):
ありふれた味噌であっても、他人の家のものは自分の家のものより美味しく感じられること。 - 他人の飯は白い(たにんのめしはしろい):
他人の家の食事や暮らしぶりは、自分のところより贅沢で良く見えるという例え。
対義語
「隣の花は赤い」とは対照的な意味を持つ言葉には、現状を肯定する教訓が多く見られます。
- 足るを知る(たるをしる):
今の状況が十分であることを理解し、それ以上の贅沢を望まずに満足すること。 - 分相応(ぶんそうおう):
自分の能力や地位にふさわしい、相応の生活や振る舞いをすること。 - 知足安分(ちそくあんぶん):
分に安んじて、今あるもので満足し、むやみに外を羨まないこと。
英語表現
「隣の花は赤い」を英語で表現する場合、以下の表現が最も一般的です。
The grass is greener on the other side of the fence.
「フェンスの向こう側の芝生はより緑に見える」という意味です。
日本語の「隣の芝生は青い」の直訳元であり、他人の状況を羨む心理を植物の色に例える発想は、洋の東西を問わず共通しています。
- 例文:
I envy her success, but the grass is always greener on the other side.
(彼女の成功が羨ましいけれど、いつだって隣の花は赤いものだ。)
由来の背景:なぜ「赤い」のか
「隣の花は赤い」の「赤」という表現には、単なる色の指定以上の意味が込められています。
古来、日本語において「赤」は、明るさや鮮やかさ、さらには「明らかな」状態を象徴する色でした。
自分の手元にあるものは詳細が見えすぎて現実感(彩度の低さ)を伴うのに対し、他人のものは距離があるために「鮮明で美しい部分」だけが浮き立って見えるという視覚心理を、「赤い」という一言で凝縮しているのです。
この言葉は、私たちに「距離を置いて見る美しさ」に惑わされず、手元にあるものの価値を再発見するきっかけを与えてくれます。
まとめ
「隣の花は赤い」とは、他人の幸せや成功が、自分自身のそれよりも輝いて見えてしまう人間の性を捉えた言葉です。
誰かを羨む気持ちが湧き上がったとき、この言葉を思い出してみてください。
遠くから眺めている「赤い花」の鮮やかさは、ひょっとすると視点が生み出した幻想に過ぎないのかもしれません。
他人の庭を眺めるのを一度やめ、自分の足元にある花に水をやる。そんな心の余裕を持つことが、自分を真に満たすための一歩と言えることでしょう。








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