誰も見ていない場所で、ほんの出来心からルールを破ったり、隠し事をしてしまったり。
「これくらいなら誰にもバレないだろう」と高を括ってしまう心理は、誰の心にも潜んでいるものです。
そんな時に思い出したいのが、「天知る、地知る、我知る、人知る」という言葉です。
悪事や秘密は、どんなに巧みに隠したつもりでも、必ずいつかは露見するものだという戒めとして、古くから使われています。
意味・教訓
「天知る、地知る、我知る、人知る」とは、誰も見ていないようでも、天地の神々は見ており、自分自身とそこにいる相手は知っているのだから、悪事や秘密は必ず世間に知れ渡るという意味です。
単に「バレるからやめろ」という警告だけでなく、他人の目がなくとも「自分自身の良心」には嘘をつけないという、高い倫理観を説く言葉でもあります。
略して「四知(しち)」とも呼ばれます。
「天知る、地知る、我知る、人知る」の語源・由来
この言葉の由来は、中国の歴史書『後漢書』楊震伝(ようしんでん)にある故事です。
後漢の時代、楊震(ようしん)という非常に学識が高く、清廉潔白な役人がいました。
彼がある任地へ向かう途中、かつて彼が才能を見出して役人に取り立てた王密(おうみつ)という人物が、夜遅くにひっそりと訪ねてきました。王密は恩返しとして、楊震に黄金十金を贈ろうとします。
楊震がこれを受け取ろうとしないと、王密は言いました。
「夜も更けておりますし、このことは誰にも知られません(暮夜知る者無し)。どうぞお納めください」
すると楊震はこう答えて拒否しました。
「天がこれを知り、地がこれを知り、私が知り、あなたが知っている。どうして誰も知らないと言えるのか」
原文では「天知る、地知る、我知る、子(し)知る」と表現されています。「子(し)」は「あなた(王密)」のことです。現在では一般的に分かりやすく「人知る」と言い換えられて定着しました。
この言葉に王密は恥じ入り、黄金を下げて退出しました。この逸話から、秘密は保てないことのたとえとして使われるようになりました。
使い方・例文
「天知る、地知る、我知る、人知る」は、不正や嘘を戒める場面で使われます。
ビジネスにおけるコンプライアンス意識の啓発はもちろん、学校や家庭での「正直さ」を説く際にも適しています。
「誰にもバレないはずだ」という油断を指摘したり、自らの良心に問いかけたりする文脈で用いられます。
例文
- 誰も見ていないからといってゴミを不法投棄してはいけない。「天知る、地知る、我知る、人知る」と言うだろう。
- 完全犯罪を目論んだようだが、「天知る、地知る、我知る、人知る」で、結局は内部告発によって明るみに出た。
- テストでカンニングをしようとしたが、「天知る、地知る、我知る、人知る」という言葉が頭をよぎり、思いとどまった。
類義語・関連語
「天知る、地知る、我知る、人知る」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- お天道様が見ている:
誰も見ていなくても、太陽(神様)は空からすべてを見ているので、悪いことはできないという日本の教え。 - 壁に耳あり障子に目あり:
隠し事をしようとしても、どこで誰が聞いているかわからないということ。 - 隠れたるより見わるるはなし:
隠し事は、かえって目立って露見しやすいということ。「見るる(みるる)」とも読みます。 - 悪事千里を走る:
悪い行いや評判は、あっという間に世間に知れ渡るということ。
英語表現
「天知る、地知る、我知る、人知る」を英語で表現する場合、神や真実が知っているというニュアンスを用います。
God knows all.
- 意味:「神はすべてをご存知だ」
- 解説:誰も見ていなくても、神様は見ているというキリスト教的な倫理観に基づく表現です。
The truth will out.
- 意味:「真実は露見する」
- 解説:シェイクスピアの『ヴェニスの商人』にも出てくる表現で、秘密はいつか必ず明るみに出ることを意味します。
- 例文:
You can’t hide it forever. The truth will out.
(永遠に隠すことなんてできないよ。真実は必ず露見するんだ。)
「四知」のエピソード
この言葉には「四知(しち)」という別名があります。
由来となった楊震は、この「四知」の精神を貫き、生涯にわたって私腹を肥やすことなく公正な政治を行いました。
そのため、彼の子孫たちはこの言葉を家訓とし、楊家は「四知堂」という堂号(一族の屋号のようなもの)を掲げるようになったと言われています。
単なる「密告への恐怖」ではなく、「自分自身に恥じない生き方」を貫いた楊震の態度は、現代においてもリーダーのあるべき姿として語り継がれています。
まとめ
「天知る、地知る、我知る、人知る」は、悪事や秘密は隠し通せるものではないという戒めであり、同時に自らの良心に従うことの大切さを説く言葉です。
他人の目をごまかすことはできても、自分自身の目をごまかすことはできません。「誰も見ていないから」と甘えが出そうになったとき、この言葉を思い出せば、胸を張って堂々とした行動を選択できることでしょう。





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