五斗米の為に腰を折る

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ことわざ
五斗米の為に腰を折る
(ごとべいのためにこしをおる)

13文字の言葉こ・ご」から始まる言葉

自分の信念や誇りを守りたいと願いながらも、家族の生活や日々の糧を得るために、不本意な状況に耐え、誰かに頭を下げなければならない瞬間があります。
理想と現実の狭間で揺れ動く、こうした切実な葛藤を、
「五斗米の為に腰を折る」(ごとべいのためにこしをおる)と言います。
自尊心と引き換えに生活を守ろうとする、人間の悲哀が込められた言葉です。

意味・教訓

「五斗米の為に腰を折る」とは、わずかな給料をもらうために、不本意ながら他人に屈従して働くことを意味します。

「五斗米」とは五斗(約90リットル)の米のことで、当時の役人のわずかな俸給(月給とも日給とも言われる)を指します。
「腰を折る」は、相手に対して深くお辞儀をする、つまりへつらったり卑屈な態度を取ったりすることです。
どれほど志が高くても、食べていくためには嫌な相手にも従わなければならないという、世渡りの厳しさを表しています。

  • 五斗(ごと):分量の単位。一斗の五倍で、約90リットル。
  • 腰を折る(こしをおる):お辞儀をする。屈従する。

語源・由来

「五斗米の為に腰を折る」の語源は、中国の東晋時代(4世紀〜5世紀)の詩人、陶淵明(とうえんめい)のエピソードにあります。

彭沢県(ほうたくけん)の知事をしていた陶淵明のもとへ、あるとき傲慢な監督官が視察にやってきました。
周囲は「正装して丁寧にお迎えし、頭を下げてください」と忠告します。
しかし、陶淵明は「わずか五斗の米(少ない給料)のために、あんな小僧にペコペコできるか」と嘆き、その日のうちに職を辞めて故郷へ帰ってしまいました。

解説を現代語でまとめると、「たった五斗のお米をもらうために、あんな奴にペコペコと頭を下げる(腰を折る)なんて真っ平ごめんだ」という彼の矜持(プライド)がこの言葉を生みました。

使い方・例文

「五斗米の為に腰を折る」は、自分の誇りを捨ててまで仕事や生活を優先せざるを得ない悲哀を語る際に使われます。
会社での理不尽な命令に従う時だけでなく、地域社会や家庭での妥協など、幅広い場面で用いられます。

例文

  • 地域の役員会で納得のいかない方針に従うのは、まさに「五斗米の為に腰を折る」心境だ。
  • 五斗米の為に腰を折るような生活はもう限界だ」と、友人は長年勤めた店を辞める決意をした。
  • 自分のやりたい表現とは違うが、家計を支えるために「五斗米の為に腰を折る」思いでアルバイトを続けている。

文学作品・メディアでの使用例

『虞美人草』(夏目漱石)

夏目漱石はこの言葉を、理想と現実のギャップに悩む登場人物の心情を描写する際によく用いました。

五斗米(ごとべい)のために腰を折るのは、今の世に生まれたる不運なり。

類義語・関連語

「五斗米の為に腰を折る」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。

  • 小禄に腰を折る(しょうろくにこしをおる):
    わずかな俸給のために、他人に屈従すること。
  • 糊口を凌ぐ(ここうをしのぐ):
    「五斗米〜」が屈従に焦点を当てるのに対し、こちらは「なんとか食べていく」という生計の維持に重点を置いた言葉です。

対義語

「五斗米の為に腰を折る」とは対照的な意味を持つ言葉は、以下の通りです。

  • 渇しても盗泉の水を飲まず(かっしてもとうせんのみずをのまず):
    どんなに困窮しても、決して不名誉なことや不正には手を染めないという強い信念。
  • 安貧楽道(あんぴんらくどう):
    貧しさに安んじて、心の平穏や人としての正しい道を求めること。
  • 五斗米の為に腰を折らず(ごとべいのためにこしをおらず):
    陶淵明の本来の行動を指し、自尊心を守るために地位や報酬を捨てること。

英語表現

「五斗米の為に腰を折る」を英語で表現する場合、以下の言い回しが適しています。

Bowing and scraping for one’s bread

  • 意味:「パン(食べ物)のために、お辞儀をし、こびへつらう」
  • 解説:生きるために必要な食糧を得るために、卑屈な態度を取ることを指す伝統的な表現です。
  • 例文:
    He is tired of bowing and scraping for his bread under a tyrannical boss.
    (彼は暴君のような上司のもとで、食うためにペコペコすることに疲れ果てている。)

Selling one’s soul for a pittance

  • 意味:「わずかな報酬のために魂を売る」
  • 解説:自尊心や信念(魂)を、ごくわずかなお金(pittance)のために犠牲にするニュアンスです。
  • 例文:
    I don’t want to sell my soul for a pittance.
    (わずかな金のために魂を売りたくはない。)

陶淵明が求めた「心の自由」

「五斗米の為に腰を折る」ことを拒んだ陶淵明は、官職を捨てた後、貧しいながらも晴れ晴れとした気持ちで『帰去来辞』(ききょらいのじ)を書き上げました。
「心が体の奴隷になっていた(屈従していた)状態から、自分を取り戻した」と歌ったのです。

現代の私たちは、彼のように簡単に仕事を辞めることは難しいかもしれません。
しかし、この言葉が千年以上も語り継がれているのは、誰もが「自分を曲げてまで働くことの辛さ」を知っているからでしょう。
「腰を折っている」という自覚を持つことは、いつか自分らしい生き方を取り戻すための、心の拠り所になるかもしれません。

まとめ

「五斗米の為に腰を折る」は、わずかな糧を得るために、本心を押し殺して他人に従う状況を端的に表した言葉です。
仕事や日々の生活において、私たちは時に腰を折らざるを得ないことがあります。

しかし、その背景にある陶淵明の物語を知ることで、この言葉は単なる愚痴ではなく、自尊心を大切にしようとする高潔な精神を思い起こさせてくれます。
言葉の奥行きを理解することで、今の自分の立ち位置をより冷静に見つめ直すことができることでしょう。

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