こちらの提案をのらりくらりとかわし、押しても引いても手ごたえがない。
あるいは、どれだけ手を尽くしても事態が一向に改善しない。
そんな、手の施しようがないほど厄介な相手や状況を、
「煮ても焼いても食えぬ」(にてもやいてもくえぬ)と言います。
意味
「煮ても焼いても食えぬ」とは、どのような手段を使っても相手に通用せず、手の施しようがないほど図太く、扱いに困るという意味です。
単に「難しい」というだけでなく、相手が経験豊富で悪賢かったり、頑固で融通が利かなかったりと、一筋縄ではいかない「したたかさ」や「ふてぶてしさ」を含んで使われることの多い言葉です。
語源・由来
「煮ても焼いても食えぬ」の由来は、料理の比喩から来ています。
通常、生のままでは食べられない食材でも、煮たり焼いたりといった「調理(=手を加えること)」を行えば食べられるようになります。
しかし、素材があまりに筋張っていたり、硬すぎたりすると、どんな調理法を試しても噛み切れず、食べることができません。
この「どんな料理法も通用しない」という状況を人間関係に当てはめ、「なだめたりすかしたり、あるいは厳しく接したりと、あらゆる手段を講じても思い通りにならない相手」を指す言葉として使われるようになりました。
使い方・例文
「煮ても焼いても食えぬ」は、主に一筋縄ではいかない「人物」に対して使われます。
特に、こちらの意図通りに動いてくれない頑固な人や、経験豊富でこちらの裏をかいてくるような古狸(ふるだぬき)のような人物を評する際によく用いられます。
ビジネスシーンでの交渉難航や、言うことを聞かない部下、あるいは何を言っても動じないベテラン社員などを指す表現として定着しています。
例文
- 彼は笑顔で話を聞いているようでいて、こちらの要求は一切飲まない。まったく「煮ても焼いても食えぬ」男だ。
- あの職人は腕はいいのだが、気難しくて「煮ても焼いても食えぬ」ところがある。
- 「煮ても焼いても食えぬ」相手と交渉するには、こちらも相応の準備が必要だ。
誤用・注意点
「無能」という意味ではない
この言葉は「扱いに困る」「したたかである」という意味合いが強く、相手の能力が低くて役に立たない(無能である)という意味で使うのは誤りです。
むしろ、能力はあるが悪知恵が働く、といった「手ごわい相手」に対して使います。
目上の人への使用
「食えぬ(=まともではない、したたかだ)」という否定的なニュアンスを含むため、上司や恩師などの目上の人に対して直接使うのは失礼にあたります。
「一筋縄ではいかない方です」などと言い換えるのが無難です。
類義語・関連語
「煮ても焼いても食えぬ」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 一筋縄ではいかない(ひとすじなわではいかない):
普通のやり方では解決できない、扱いが難しいこと。 - 海千山千(うみせんやません):
世の中の経験を十分に積み、悪賢くてしたたかなこと。「煮ても焼いても食えぬ」相手の性格を表すのに近い言葉です。 - 手に負えない(てにおえない):
自分の力ではどうにも扱いきれないこと。 - 始末に負えない(しまつにおえない):
どう取り扱ってよいかわからない、処理に困ること。悪い意味で使われることが多い言葉です。 - 食えない(くえない):
表向きと本心が違い、油断がならないこと。「食えない奴」のように使います。
「煮ても焼いても食えぬ」と「海千山千」の違い
「海千山千」は相手の「経験豊富さ・老獪さ」という属性に焦点を当てた言葉ですが、「煮ても焼いても食えぬ」は、こちらの働きかけが通用しないという処置なしの状態に焦点を当てています。
対義語
「煮ても焼いても食えぬ」とは対照的な意味を持つ言葉は以下の通りです。
- 与し易い(くみしやすい):
相手として恐れるに足りない。扱いやすいこと。「御し易い(ぎょしやすい)」とも言います。 - 赤子の手をひねる(あかごのてをひねる):
力が弱く、抵抗できない相手を簡単に打ち負かせることのたとえ。
英語表現
「煮ても焼いても食えぬ」を英語で表現する場合、以下のようなフレーズが使われます。
a hard nut to crack
- 直訳:割るのが難しい木の実
- 意味:「難物」「厄介な問題」「扱いにくい人」
- 解説:殻が硬くて中身を取り出せない木の実になぞらえて、解決が難しい問題や、対処しづらい人物を指します。「煮ても焼いても〜」の語感に最も近い定型句です。
- 例文:
He is a hard nut to crack.
(彼は煮ても焼いても食えぬ男だ。)
incorrigible
- 意味:「(性格などが)矯正できない」「救いようのない」
- 解説:何を言っても直らない、頑固で手に負えない様子を表す形容詞です。嘘つきや悪癖のある人に対して使われます。
- 例文:
An incorrigible liar.
(煮ても焼いても食えぬ嘘つき。)
言葉の背景:「食う」という表現
日本語において「食う」や「食らう」という言葉は、単に食事をすること以外にも、「相手を圧倒する」「自分のペースに巻き込む」という意味で使われることがあります
(例:「人を食った態度」「客を食う」)。
「食えない」という否定形になると、それができない、つまり「こちらのペースに巻き込めない」「自分の思い通りに消化(処理)できない」という意味になります。
「煮ても焼いても食えぬ」は、そのニュアンスを調理の過程で強調した、日本語ならではの表現と言えます。
まとめ
「煮ても焼いても食えぬ」は、どんな手段を講じても思い通りにならない、したたかで厄介な相手を表す言葉です。
ビジネスシーンでの交渉相手や、頑固な知人など、一筋縄ではいかない人物を評する際に使われますが、そこには「手ごわい」という畏敬の念が含まれることもあれば、「どうしようもない」という諦めの感情が含まれることもあります。
このような相手に出会ったときは、無理にねじ伏せようとせず、長期戦を覚悟するか、あるいは「触らぬ神に祟りなし」と距離を置くのも一つの知恵と言えるかもしれません。







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