「東京は生き馬の目を抜くようなところだ」
地方から都会に出てくる際、そんな忠告を受けた人はいないでしょうか。
生き馬の目を抜くとは、一瞬の隙も許されない激しい競争社会や、驚くほど抜け目ない人物を表現する言葉です。
文字通りに想像するとかなりグロテスクですが、それほどまでに「神がかり的な早業」と「油断のならなさ」を強調した表現なのです。
「生き馬の目を抜く」の意味
生きている馬の目を、馬に気づかれないほど素早く抜き取るということから、以下の意味で使われます。
- 事をなすのが非常に素早いこと。
- 他人を出し抜いて利益を得るのが素早いこと。
- 油断も隙もなく、狡猾(こうかつ)であること。(狡猾 = ズル賢いこと)
単に「動作が速い」というだけでなく、「他人を出し抜く」「隙をついて利益をかすめ取る」という、したたかさや油断のならなさを強調する言葉です。
多くの場合、激しい競争社会や、信用できない人物・場所を指して使われます。
「生き馬の目を抜く」の語源・由来
特定の物語や歴史的事件に由来するわけではなく、不可能を可能にする早業への誇張表現(レトリック)として生まれた言葉です。
不可能なほどの早業
馬は非常に臆病で警戒心の強い動物です。生きている馬の目に手を伸ばせば、暴れて抵抗されるのが落ちでしょう。
しかし、その馬に痛みも気づかせず、抵抗する隙も与えずに眼球を抜き取ってしまうほどの手並み鮮やかさ(=悪事の巧妙さ)を例えたものです。
スリや詐欺師の早業を表現する言葉として使われ始め、江戸時代の浄瑠璃(『融大臣』など)にもすでに用例が見られます。
やがて、油断ならない人間性や社会状況全体を指すようになりました。
「生き馬の目を抜く」の使い方・例文
ビジネスシーンや都会の厳しさを表現する際によく使われます。
「油断しているとすぐに足元をすくわれる」という警告のニュアンスを含むことが多いです。
例文
- 「この業界は生き馬の目を抜く競争社会だ。一瞬でも気を抜けば、すぐに他社にシェアを奪われてしまう。」
- 「彼は生き馬の目を抜くような男だ。笑顔で話している間に、こちらの重要な情報を全部持っていかれた。」
- 「上京したばかりの頃は、生き馬の目を抜く大都会のスピードについていけず、毎日必死だった。」
褒め言葉として使えるか?
「仕事が早い」「商魂たくましい」という意味で使えなくもありませんが、基本的には「狡猾」「油断ならない」というネガティブなニュアンスを含みます。
目上の人や取引先に対して「社長は生き馬の目を抜く方ですね」と言うと、「あなたはズル賢いですね」と言っているように聞こえるリスクがあるため、使用には注意が必要です。
「生き馬の目を抜く」の類義語
他人を出し抜く早業や、油断ならない様子を表す言葉です。
- 油断も隙もない(ゆだんもすきもない):
少しも気を許すことができない。相手が巧みに付け入ろうとしてくる様子。 - 海千山千(うみせんやません):
世の中の経験を積んでいて、悪賢く、したたかなこと。 - とんびに油揚げをさらわれる(とんびにあぶらげをさらわれる):
不意に横合いから大切なものを奪われること。
※「生き馬〜」は奪う側の能力に焦点があるのに対し、こちらは奪われた側の驚きや呆気に焦点があります。
「生き馬の目を抜く」の対義語
油断ならない狡猾さとは対極にある、のんびりした様子や愚直さを表す言葉です。
- お人好し(おひとよし):
何でも善意に解釈し、他人に騙されやすい人。 - 正直者が馬鹿を見る(しょうじきものがばかをみる):
狡猾に立ち回る者が得をし、ルールを守る正直な人が損をすること。
「生き馬の目を抜く」社会の結果として生じる状況とも言えます。
「生き馬の目を抜く」の英語表現
英語にも、信じられないような早業で物を盗む様子を表すユニークな表現があります。
Cutthroat competition
- 意味:「熾烈な競争」「食うか食われるかの競争」
- 解説:ビジネスなどで「生き馬の目を抜くような競争」と言いたい場合は、この表現が最も一般的です。Cutthroatは「喉を切り裂くような(人殺しの・無慈悲な)」という意味です。
He would steal the socks off your feet.
- 直訳:彼は(あなたが履いている)足から靴下を盗むだろう。
- 意味:「ひどく抜け目がない」「油断も隙もない」
- 解説:生きている馬の目を抜くのと同様、物理的に不可能なほどの早業で、相手が気づかないうちに中身をかすめ取るという意味です。「靴を履いたまま靴下だけ盗む」というニュアンスで使われることもあり、日本語の表現と驚くほど似ています。
「生き馬の目を抜く」に関する豆知識
実は「牛」バージョンもある?
あまり使われませんが、同様の意味で「生き牛の目をくじる」という言葉もあります。
「くじる」とは、指先などでえぐり取るという意味です。
馬も牛も、かつての日本人にとっては身近で大きな家畜でした。
どちらも、生きたまま目を抜くなんて到底不可能な動物の代表だったのでしょう。
実際に目を抜く妖怪?
この言葉は比喩ですが、仏教説話や地獄絵図などには、亡者の目玉を食らう鳥や鬼が登場することがあります。
そうした恐ろしいイメージが、この言葉の「ぞっとするような怖さ」の根底にあるのかもしれません。
まとめ – 厳しさの中で生き抜くために
生き馬の目を抜くは、単なる速さではなく、生存競争の激しさと、そこで生き抜く人々のしたたかさを表す言葉です。
「生き馬の目を抜くような世界」と聞くと尻込みしてしまいそうですが、裏を返せば、それだけチャンスが転がっており、実力と機転次第で何者にもなれる場所だとも言えます。
騙される側(馬)にならず、かといって他人を傷つける側にもならず、そのスピード感に賢く適応していくことが、現代社会を生き抜くコツかもしれません。








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