社会の中で人と関わりながら生きていくとき、私たちは時として「どう振る舞うのが正しいのか」という壁にぶつかります。
信頼を得るためには誠実でありたい、困っている人には手を差し伸べたい、それでいて自分自身の正義も貫きたい。
そんな葛藤の中で、人間が常に守るべき普遍的な五つの徳目を示してくれるのが、
「五常」(ごじょう)という教えです。
意味・教訓
「五常」とは、儒教において人間が常に(恒常的に)守るべき五つの道徳である「仁(じん)」「義(ぎ)」「礼(れい)」「智(ち)」「信(しん)」を指す言葉です。
これらは、社会の秩序を保ち、豊かな人間関係を築くための最も基礎的な規範とされています。
どれか一つに偏るのではなく、五つすべてをバランス良く心に留めることで、円満な人格が形成されると説いています。
- 仁(じん):人を思いやり、慈しむ心。すべての徳の根本とされる。
- 義(ぎ):利害に惑わされず、人として正しい道(正義)を貫くこと。
- 礼(れい):社会的な秩序を保つための礼儀や作法。他者への敬意を形にすること。
- 智(ち):物事の善悪を正しく判断し、真理を見極める知恵。
- 信(しん):嘘をつかず、誠実であることを通じて得られる信頼。
語源・由来

「五常」という思想は、数百年という長い時間をかけて、古代中国の思想家たちによって体系化されました。
その出発点は、孔子や孟子(もうし)の時代にあります。
孟子は、人間には生まれつき「四端(したん)」と呼ばれる四つの善性の芽生えが備わっていると説きました。
それは、他人の不幸を見過ごせない心(仁)、悪を恥じる心(義)、譲り合う心(礼)、是非を見分ける心(智)の四つです。
この「四端」に、人との交わりの根幹である「信」を加え、現在のような「五常」の形に整えたのは、前漢時代の儒学者・董仲舒(とうちゅうじょ)です。
彼は当時の武帝に対し、国を治めるための道徳基準として五常を提言しました。
背景には、万物は「木・火・土・金・水」の五つの要素から成るという「五行説(ごぎょうせつ)」の影響があります。
宇宙の構成要素が五つであるように、人間の道徳も五つで完結するという調和の思想です。
日本では聖徳太子の「十七条憲法」に影響を与えたほか、江戸時代の武士道では「仁義」や「礼節」として、日本人の倫理観の土台となりました。
使い方・例文
「五常」は、人としてのあり方や、教育の理念を語る場面で使われます。
「五常の徳を備える」といった表現で、知性と誠実さを兼ね備えた人物を評したり、組織の倫理規範を示したりする際に用いられるのが一般的です。
例文
- 彼はどんなに厳しい状況でも「五常」の教えを忘れず、常に誠実な態度を貫いている。
- 「仁」の心を持って後輩に接し、「智」を磨いて業務を遂行することが、社会人の第一歩だ。
- 学校の校訓に掲げられた「五常」という言葉には、豊かな人間性を育んでほしいという願いが込められている。
- 「五常」の中でも特に「信」を重んじ、一度交わした約束は必ず守るように心がけている。
類義語・関連語
「五常」と深い関わりがあり、社会的な道徳や人間関係のあり方を表す言葉です。
- 五倫(ごりん):
「父子・君臣・夫婦・長幼・朋友」の五つの人間関係において守るべき道。
五常と合わせて「五倫五常」と呼ばれる。 - 五常の徳(ごじょうのとく):
五常そのものを、人間が備えるべき優れた品性として敬っていう言葉。 - 修身斉家(しゅうしんせいか):
まず自分の行いを正し(五常を実践し)、次に家庭を整えるという順序。
対義語
「五常」とは対照的な、人の道を外れた行いや混乱を指す概念です。
- 非道(ひどう):
人としての道理に外れていること。 - 不徳(ふとく):
徳が欠けていること。五常などの道徳的な基準を満たしていない様子。 - 厚顔無恥(こうがんむち):
厚かましく、恥を知らないこと。「礼」や「信」が欠如した状態。
英語表現
「五常」を英語で説明する場合、儒教的な背景を考慮した用語が使われます。
The Five Constant Virtues
- 意味:「五つの不変の美徳」
- 解説:五常の直訳であり、英語圏でこの思想を紹介する際に最も頻繁に使われる表現です。
- 例文:
Confucianism emphasizes the five constant virtues: benevolence, righteousness, propriety, wisdom, and trustworthiness.
(儒教は五常、すなわち仁、義、礼、智、信を重視している。)
The Five Confucian Virtues
- 意味:「五つの儒教的美徳」
- 解説:その教えが儒教に由来することを明示したい場合に適した表現です。
- 例文:
Living by the five Confucian virtues helps maintain social harmony.
(五常に従って生きることは、社会の調和を保つのに役立つ。)
五常を彩る「五色」のシンボリズム
ちなみに、「五常」は五行説と結びついているため、それぞれに象徴する「色」や「方角」が割り当てられています。
- 仁:木(東)= 青
- 義:金(西)= 白
- 礼:火(南)= 赤
- 智:水(北)= 黒
- 信:土(中央)= 黄
例えば、日本の大相撲の土俵の上にある四色の房(青房・赤房・白房・黒房)は、これらの方角と季節を象徴しています。
中央の土俵自体が「信」を表すとされ、神聖な場所で五徳が揃うことを意味しているという説もあります。
私たちが日常で何気なく目にしている伝統文化の色彩の中にも、人間が守るべき五つの徳がひっそりと込められているのです。
まとめ
仁、義、礼、智、信。
「五常」という言葉は、時代や国境を超えて、人間が共に生きていくための「正解」を指し示し続けています。
自分を律し、他者を敬い、誠実であることを積み重ねる。
その過程は決して楽なものではないかもしれませんが、五つの光をバランス良く灯し続けることで、私たちの人生はより深く、揺るぎないものになっていきます。
ふとした瞬間に自分の立ち振る舞いを「五常」に照らし合わせてみる。
そんな心の余裕こそが、成熟した大人への第一歩となることでしょう。









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