「マンジャーレ(食べて)、カンターレ(歌って)、アモーレ(愛して)」。
陽気で人生を謳歌しているイメージが強いイタリアですが、その背景には古代ローマ時代から続く長い歴史と、幾多の困難を乗り越えてきた人々の「現実的な知恵」があります。
イタリアのことわざは、パスタやワインのように味わい深く、時にエスプレッソのように苦く刺激的です。
恋愛の駆け引きから、仕事への取り組み方、そして人生の楽しみ方まで。
今回は、イタリア語学習者はもちろん、イタリア文化に興味があるすべての方に向けて、日常会話でも使える有名なイタリアのことわざ30選を、意味・由来・カタカナ読み付きで解説します。
【人生・教訓】ローマの歴史と現実的な知恵
悠久の歴史を持つイタリアには、時間をかけて物事を成し遂げる大切さや、人間の本質を突いた鋭いことわざが多く存在します。
ローマは一日にして成らず
Roma non fu fatta in un giorno.
(ローマ・ノン・フ・ファッタ・イン・ウン・ジョルノ)
日本でも有名なこの言葉は、元々は中世のフランス語の詩に由来し、英語やイタリア語で広まりました。
巨大なローマ帝国やその美しい街並みも、短い期間で作られたわけではありません。偉大なことを成し遂げるには、長い年月と努力が必要だという、忍耐の重要性を説く言葉です。
すべての道はローマに通ず
Tutte le strade portano a Roma.
(トゥッテ・レ・ストラーデ・ポルタノ・ア・ローマ)
手段や方法は違っても、最終的な目的や結末は同じになることのたとえ。
古代ローマ帝国が、支配する全土に張り巡らせた強固な道路網(アッピア街道など)が、すべて首都ローマへ繋がっていたという史実に基づいています。
ゆっくり行く者は、健やかに、遠くまで行く
Chi va piano, va sano e va lontano.
(キ・ヴァ・ピアーノ・ヴァ・サーノ・エ・ヴァ・ロンターノ)
「急がば回れ」と「継続は力なり」を合わせたような言葉。
焦って無理をするよりも、落ち着いて着実に進む人の方が、心身の健康を保ちながら、最終的に大きな目標(遠く)まで到達できるという教えです。
言うことと行うことの間には、海がある
Tra il dire e il fare c’è di mezzo il mare.
(トラ・イル・ディーレ・エ・イル・ファーレ・チェ・ディ・メッゾ・イル・マーレ)
「言うは易く行うは難し」。
口で言うのは簡単ですが、それを実行に移して実現させるのは、海を渡るほど困難で隔たりがあるという意味。海に囲まれたイタリアらしい、詩的で美しい表現です。
急ぎすぎた猫は、盲目の子猫を産んだ
La gatta frettolosa fece i gattini ciechi.
(ラ・ガッタ・フレットローザ・フェーチェ・イ・ガッティーニ・チエーキ)
急いては事を仕損じる。
焦って物事を行うと、不完全な結果(目の開いていない子猫)しか得られないという戒めです。
準備不足や拙速な行動をたしなめる際に、ユーモアを交えて使われます。
狼は毛を失っても、悪癖は失わない
Il lupo perde il pelo ma non il vizio.
(イル・ルーポ・ペルデ・イル・ペーロ・マ・ノン・イル・ヴィツィオ)
狼は季節が変われば毛が生え変わりますが、羊を襲うという習性は変わりません。
人間も見た目が老けたり環境が変わったりしても、生まれ持った性格や悪い癖はそう簡単には直らないという、三つ子の魂百までに近い現実的な洞察です。
命ある限り、希望はある
Finché c’è vita c’è speranza.
(フィンケ・チェ・ヴィータ・チェ・スペランツァ)
どんなに絶望的な状況でも、生きている限りは希望を持ち続けるべきだというポジティブなメッセージ。
カトリックの信仰心や、何度倒れても立ち上がってきたイタリア人の不屈の精神を感じさせます。
最後に笑う者が、最もよく笑う
Ride bene chi ride ultimo.
(リーデ・ベーネ・キ・リーデ・ウルティモ)
勝負は最後まで分からない。途中で優勢だからといって油断してはいけないし、劣勢でも諦める必要はない。
最終的な結果こそが重要だという教訓です。スポーツの試合や競争の場面でよく使われます。
郷に入っては郷に従え
Paese che vai, usanza che trovi.
(パエーゼ・ケ・ヴァイ・ウザンツァ・ケ・トローヴィ)
直訳すると「行く国(村)ごとに、その習慣を見つける」。
イタリアはかつて多くの都市国家に分かれていたため、地域ごとに言葉や習慣が大きく異なります。その多様性を認め、訪れた土地の流儀を尊重する大切さを説いています。
服装は修道士を作らない
L’abito non fa il monaco.
(ラビト・ノン・ファ・イル・モーナコ)
修道士の服を着ているからといって、その人が聖人であるとは限らない。
「人は見かけによらない」という意味です。外見や肩書きだけで人を判断することへの警告として使われます。
試すことは害にならない
Tentar non nuoce.
(テンタール・ノン・ヌオーチェ)
「ダメ元でやってみよう」「試すだけならタダだ」という軽いニュアンスの言葉。
迷っている人の背中を押す時や、リスクの少ない挑戦を促す際によく使われるフレーズです。
隣の芝生はいつだって青い
L’erba del vicino è sempre più verde.
(レルバ・デル・ヴィチーノ・エ・センプレ・ピュ・ヴェルデ)
日本と同じ「隣の芝生は青い」ですが、イタリア語では「sempre(いつも・常に)」が入ることで、「他人のものが良く見えるのは人間の逃れられない性(さが)である」というニュアンスが強調されています。
【愛・人間関係】アモーレとマンマの国
情熱的な恋愛観だけでなく、家族(ファミリア)との強固な絆や、友情の難しさを説く言葉が豊富です。
愛は、少し口喧嘩がなければ美しくない
L’amore non è bello se non è litigarello.
(ラモーレ・ノン・エ・ベッロ・セ・ノン・エ・リティガレッロ)
「喧嘩するほど仲が良い」のイタリア版。
何の波風も立たない平穏な関係よりも、多少の言い合いや嫉妬がある方が、情熱的で退屈しない「美しい愛」だとする、イタリアらしい恋愛観です。
目が見なければ、心は痛まない
Occhio non vede, cuore non duole.
(オッキオ・ノン・ヴェーデ・クオーレ・ノン・ドゥオーレ)
「見ぬが花」「知らぬが仏」。
恋人の浮気現場など、見なければ傷つかずに済むこと、あるいは物理的に会わなくなれば辛さも忘れる(去る者は日々に疎し)という、二通りの意味で使われます。
友を見つける者は、宝を見つける
Chi trova un amico, trova un tesoro.
(キ・トローヴァ・ウン・アミーコ・トローヴァ・ウン・テゾーロ)
真の友人は宝石や黄金と同じくらい貴重で、人生を豊かにしてくれる存在だという意味。
友情を何よりも大切にするイタリア人の心が表れた、温かい言葉です。
明確な約束(割り勘)が、長い友情を作る
Patti chiari, amicizia lunga.
(パッティ・キアーリ・アミチツィア・ルンガ)
「親しき仲にも礼儀あり」。
どんなに仲の良い友人でも、お金の貸し借りや約束事をあいまいにしていると関係が壊れる。条件を明確にしておくことが、友情を長続きさせる秘訣だという現実的なアドバイスです。
家族は心の故郷(祖国)である
La famiglia è la patria del cuore.
(ラ・ファミーリア・エ・ラ・パトリア・デル・クオーレ)
イタリア人にとって「マンマ(母)」を中心とした家族の絆は絶対的です。
外の世界でどんなに辛いことがあっても、家族のもとへ帰れば心が安らぐ。家族こそが自分の帰るべき場所だという意味です。
妻と牛は、自分の村から選べ
Moglie e buoi dei paesi tuoi.
(モーリエ・エ・ブオイ・デイ・パエージ・トゥオイ)
結婚相手(妻)と家畜(牛)は、自分がよく知っている地元で選ぶのが一番だという古い教え。
価値観や文化を共有できる相手の方が、結婚生活はうまくいくという保守的ながらも一理ある考え方です。
教皇が死ねば、また別の教皇が作られる
Morto un papa se ne fa un altro.
(モルト・ウン・パーパ・セ・ネ・ファ・ウン・アルトロ)
唯一無二に見えるローマ教皇でさえ、亡くなればコンクラーベ(教皇選挙)で次が選ばれる。
つまり「代わりはいくらでもいる」という意味。
失恋した人に「男(女)は星の数ほどいるよ」と慰める時や、傲慢な人を「お前がいなくても世界は回る」と諫(いさ)める時に使われます。
【食・ワイン】人生を楽しむための哲学
「食べること」はイタリア人にとって単なる栄養補給ではなく、人生の喜びそのものです。
人はパンのみにて生きるにあらず
Non si vive di solo pane.
(ノン・スィ・ヴィーヴェ・ディ・ソーロ・パーネ)
聖書由来の言葉ですが、美食の国イタリアでは特別な響きを持ちます。
生きていくには物質的な食事だけでなく、芸術、愛、会話、そして美味しいワインといった「心の栄養」も不可欠だという意味で使われます。
食欲は食べているうちにやってくる
L’appetito vien mangiando.
(ラッペティート・ヴィエン・マンジャンド)
やる気が出ない時でも、とりあえず始めてみれば意欲が湧いてくることのたとえ。
もちろん文字通り、一口食べ始めると止まらなくなる美味しい料理を前にした時にも使われます。
一日一個のリンゴは医者を遠ざける
Una mela al giorno toglie il medico di torno.
(ウナ・メーラ・アル・ジョルノ・トリエ・イル・メディコ・ディ・トルノ)
英語圏でも有名ですが、イタリアでも健康の秘訣として広く知られています。
シンプルな食生活と、旬の果物を大切にする地中海式ダイエットの精神が反映されています。
ワインは良い血を作る
Il vino fa buon sangue.
(イル・ヴィーノ・ファ・ブオン・サングエ)
赤ワインを適量飲むことは健康に良いという、イタリアの酒飲みたちの陽気な言い訳(?)。
食事中のワインは人生を豊かにし、体も元気にするという伝統的な考え方です。
【仕事・お金】意外と勤勉?な一面
陽気なだけでなく、朝早くから働き、リスクを恐れずに挑戦する姿勢もイタリア人の特徴です。
朝は口の中に金を持っている
Il mattino ha l’oro in bocca.
(イル・マッティーノ・ア・ローロ・イン・ボッカ)
早起きは三文の徳。
朝の時間は黄金のように貴重であり、早起きして活動すれば成功や富が得られるという教え。イタリアのバール(カフェ)が朝早くから賑わっているのを見ると納得の言葉です。
眠る者は魚を捕まえられない
Chi dorme non piglia pesci.
(キ・ドルメ・ノン・ピーリャ・ペッシ)
「果報は寝て待て」の逆。
怠けて寝ていては成果(魚)は得られない。チャンスを掴むには、起きて行動しなければならないという勤勉さを促す言葉です。
危険を冒さない者は、(何も)かじれない
Chi non risica non rosica.
(キ・ノン・リスィカ・ノン・ロスィカ)
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
「risica(リスク)」と「rosica(かじる)」で韻を踏んだリズミカルな表現。リスクを取って挑戦しない者は、利益(パンの皮さえ)を得ることはできないという意味です。
間違えることによって人は学ぶ
Sbagliando s’impara.
(ズバリアンド・スィンパーラ)
失敗は成功のもと。
失敗は恥ずべきことではなく、成長のためのプロセスであるという前向きな言葉。子供が何か失敗した時などに、優しく声をかける際によく使われます。
神は自ら助くる者を助く
Aiutati che Dio t’aiuta.
(アイユータティ・ケ・ディオ・タイユータ)
人事を尽くして天命を待つ。
ただ神様に祈っているだけではダメで、まず自分で努力して行動を起こせば、神様も力を貸してくれるだろうという意味。自立心と自助努力を重んじる言葉です。
吠える犬は噛まない
Can che abbaia non morde.
(カン・ケ・アッバイア・ノン・モルデ)
大声で怒鳴ったり脅したりする人に限って、実際には大した力はなく、攻撃してこないものだ。
日本の「能ある鷹は爪を隠す」の逆パターンで、口先だけの人を怖がる必要はないと説いています。
決してないよりは、遅い方がましだ
Meglio tardi che mai.
(メリョ・タルディ・ケ・マイ)
約束の時間に遅れたり、お祝いが遅くなったりした時の定番の言い訳(そして許しの言葉)。
「やらないよりは、遅れてでもやった方がマシだ」。完璧主義にならず、行動すること自体を評価する寛容な表現です。







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