韓国の有名なことわざ30選|意味と読みを解説

韓国の有名なことわざ30選|意味・由来・使い方を解説 特集
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韓国ドラマのせりふで、独特な言い回しや比喩表現を耳にしたことはありませんか?
韓国のことわざには、恋愛の機微や人生の教訓を伝えるもの、思わず笑ってしまうユーモラスなものがたくさんあります。

「唐辛子」や「金剛山」が登場する韓国ならではの表現から、日本のことわざと全く同じ意味を持つものまで。
韓国語学習者はもちろん、ドラマやK-POPをもっと深く楽しみたい方に向けて、絶対に知っておきたい有名な韓国のことわざ30選を、意味・由来・読み方付きで解説します。

【言葉・人間関係】思いやりと慎重さ

言葉の大切さや、人との付き合い方を教えることわざです。

行く言葉がきれいなら来る言葉もきれい

가는 말이 고와야 오는 말이 곱다
(カヌン マリ コワヤ オヌン マリ コプタ)

まず自分が相手に優しい言葉を使えば、相手も自然と良い言葉を返してくれるという意味。
「売り言葉に買い言葉」の逆を行く、ポジティブな人間関係の基本です。
お店や職場、友人関係など、あらゆる場面で教訓として使われます。

言葉一言で千両の借金も返す

말 한마디에 천 냥 빚도 갚는다
(マル ハンマディエ チョン ニャン ピット カンヌンダ)

言葉ひとつで千両の借金も返せるということ。
言葉さえうまく使えば、難しいことや不可能に見えることも解決できるという意味で、ものの言い方の大切さを説いています。

足のない言葉が千里を行く

발 없는 말이 천 리 간다
(パル オムヌン マリ チョン リ カンダ)

言葉には足がないけれど、あっという間に遠くまで伝わってしまう。
日本の「悪事千里を走る」や「人の口に戸は立てられぬ」に近く、噂話の拡散力への警戒心を表します。
SNS時代の現代でも通じる教訓です。

昼の話は鳥が聞き、夜の話はネズミが聞く

낮말은 새가 듣고 밤말은 쥐가 듣는다
(ナンマルン セガ トゥッコ パンマルン チュィガ トゥンヌンダ)

「壁に耳あり障子に目あり」の韓国版。
誰もいないと思っていても、どこで誰が聞いているか分からないので、言葉には常に気をつけるべきだという戒めです。

虎も自分の話をすれば来る

호랑이도 제 말 하면 온다
(ホランイド チェ マル ハミョン オンダ)

「噂をすれば影が差す」のこと。
その場にいない人の話をしていたら、ちょうどその本人が現れた!という気まずい(あるいは嬉しい)状況で使います。

上流が澄んでこそ下流も澄む

윗물이 맑아야 아랫물이 맑다
(ウィンムリ マルガヤ アレンムリ マルタ)

川の上流がきれいなら、下流も自然ときれいになる。
つまり、上の立場の人(上司、親、先輩)が正しく行動してこそ、下の人(部下、子供、後輩)もそれを見習って正しく育つという意味です。
リーダーの責任を問う際によく使われます。

【恋愛・運命】情熱と縁の深さ

ドラマチックな展開が多い韓国ドラマ。
そこで語られる恋愛観や運命論には、独特の表現があります。

袖が触れ合うだけでも縁

옷깃만 스쳐도 인연이다
(オッキンマン スチョド イニョニダ)

日本の「袖振り合うも多生の縁」と同じです。
道ですれ違いざまに服の襟(袖)が触れる程度の些細な出会いも、前世からの深い因縁によるものだという、仏教的な縁起思想に基づいたロマンチックな言葉です。

豆の殻がかぶさる(痘痕もえくぼ〈あばたもえくぼ〉)

콩깍지가 씌었다
(コンカッチガ ッシウォッタ)

恋に落ちて、相手の欠点が見えなくなっている状態。
「豆の殻(さや)」が目に被さって視界が遮られている、つまり盲目になっている様子を指します。
「あの二人は今、コンカッチがかぶさってるからね(ラブラブだね)」のように冷やかし半分で使います。

目から遠ざかれば、心からも遠ざかる

눈에서 멀어지면 마음에서도 멀어진다
(ヌネソ モロジミョン マウメソド モロジンダ)

去る者は日々に疎し。
会わなくなると、どんなに親しかった人でも次第に心理的な距離ができてしまうという現実。
遠距離恋愛の難しさを語る際によく登場します。

十回木を叩いて倒れない木はない

열 번 찍어 안 넘어가는 나무 없다
(ヨル ポン チゴ アン ノモガヌン ナム オプタ)

どんなに堅い木でも、斧で10回打ち込めばいつかは倒れる。
転じて、どんなに意志の固い人でも、何度も勧めたりなだめたりすれば最後には心が変わるという意味です。
難しいことでも諦めずに努力を続ければ成し遂げられる、という意味でも使われます。

他人の餅がもっと大きく見える

남의 떡이 더 커 보인다
(ナメ トギ ト コ ボインダ)

「隣の芝生は青い」の韓国版。
自分が持っているものよりも、他人が持っているものの方が良く見えてしまう嫉妬心や無い物ねだりを表します。

【人生・成功】希望とスタート

努力や忍耐、物事の始め方を説くことわざです。

苦労の終わりに楽しみが来る

고생 끝에 낙이 온다
(コセン クテ ナギ オンダ)

四字熟語「苦尽甘来(コジンガムレ)」と同じ意味。
今は辛くても、その苦労を乗り越えれば必ず幸せな日が来るという希望の言葉です。
辛い時期を過ごしている人への励ましとして定番です。

雨降って地固まる

비 온 뒤에 땅이 굳어진다
(ピ オン ドゥイエ タンイ クドジンダ)

揉め事やトラブルがあった後、かえって以前よりも基礎がしっかりして良い状態になること。
喧嘩した後の仲直りの場面などで、「結果オーライ」のニュアンスで使われます。

始まりが半分だ

시작이 반이다
(シジャギ パニダ)

何事も始めるまでが一番難しい。
だからこそ、勇気を出して始めさえすれば、もう仕事の半分を終えたも同然だというポジティブな教え。
新しい挑戦を躊躇している人の背中を押す言葉です。

千里の道も一歩から

천 리 길도 한 걸음부터
(チョン リ ギルド ハン ゴルムプト)

どんなに壮大な目標も、最初の小さな一歩から始まる。
韓国でも古くから使われている言葉で、地道な努力の積み重ねの大切さを説きます。

塵集めて泰山(ちりあつめてたいざん)

티끌 모아 태산
(ティックル モア テサン)

塵も積もれば山となる。
「泰山」は中国にある大きな山のこと。
わずかな貯金や小さな努力も、長く続ければ大きな財産になるという意味です。

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【失敗・教訓】転ばぬ先の知恵

失敗した時の慰めや、油断を戒めるための鋭い指摘です。

猿も木から落ちる

원숭이도 나무에서 떨어진다
(ウォンスンイド ナムエソ ットロジンダ)

木登りの達人である猿でも落ちることがある。
その道の専門家や名人でも失敗することはあるのだから、くよくよするなという慰め、または「過信は禁物」という戒めの両方で使われます。

牛を失って牛小屋を直す

소 잃고 외양간 고친다
(ソ イルコ ウェヤンガン コチンダ)

大事な牛を盗まれた後になって、壊れていた小屋を修理する。
つまり「後の祭り」「泥棒を見て縄を綯う」。
問題が起きてから対策を講じても手遅れだという意味で、事前の準備の重要性を痛感させる言葉です。

鶏追ってた犬、屋根見上げる

닭 쫓던 개 지붕 쳐다본다
(タク ッチョットン ケ チブン チョダボンダ)

一生懸命追いかけていた鶏に屋根へ逃げられ、犬が呆然と見上げている様子。
努力が水の泡になったり、あと一歩のところで目標を逃して呆気に取られたりしている状況をユーモラスに表現します。

灯台下暗し

등잔 밑이 어둡다
(トゥンジャン ミチ オドゥプタ)

「灯盞(トゥンジャン)」は、油を入れて火をともす昔の灯火の器のこと。
身近なことほど、かえって気づきにくいという教訓です。
探し物がすぐ近くにあった時や、身近な人の変化に気づかなかった時などに使います。

カエルはオタマジャクシの頃を思い出せない

개구리 올챙이 적 생각 못 한다
(ケグリ オルチェンイ チョク センガク モッ タンダ)

立派になったカエルが、自分が昔オタマジャクシだったことを忘れている。
出世したり成功したりした人が、過去の苦労や初心を忘れ、弱い立場の人に対して偉そうに振る舞うことを批判する強烈な皮肉です。

【能力・才能】実力と見かけ

人は見かけによらない、あるいは才能があっても使わなければ意味がないといった教えです。

玉が三斗あっても通してこそ宝

구슬이 서 말이라도 꿰어야 보배다
(クスリ ソ マリラド クェオヤ ポベダ)

いくら素晴らしい才能や良い素材(玉)がたくさんあっても、それを紐に通してネックレス(宝)に加工しなければ価値がない。
「宝の持ち腐れ」にならないよう、実際に行動して形にすることの重要性を説いています。

書堂(塾)の犬三年なら風月を吟じる

서당 개 삼 년이면 풍월을 읊는다
(ソダン ケ サム ニョニミョン プンウォルル ウルムヌンダ)

日本の「門前の小僧習わぬ経を読む」と同じ。
書堂(塾)に住む犬でさえ、3年も毎日講義を聞いていれば詩を詠めるようになる。
環境がいかに人に影響を与えるか、また、素人でも長く見聞きしていればある程度の知識が身につくという意味です。

小さい唐辛子が辛い

작은 고추가 맵다
(チャグン コチュガ メプタ)

山椒は小粒でもぴりりと辛い。
体は小さくても、才能や実力が優れていて侮れない人のこと。
韓国の食卓に欠かせない唐辛子を使った、非常に韓国らしい表現です。

キジの代わりに鶏

꿩 대신 닭
(クォン テシン タク)

キジが手に入らなければ、鶏で間に合わせる。
ちょうどよいものが無いときに、似たもので代用するという意味です。
妥協案であっても、それなりに役に立つというニュアンスで使われます。

【日常・ユーモア】韓国らしいユニークな表現

韓国旅行や日常会話ですぐに使える、面白くて便利な表現です。

金剛山も食後の景色(花より団子)

금강산도 식후경
(クムガンサンド シックギョン)

朝鮮半島の名山・金剛山の絶景も、お腹が空いていては楽しめない。
「どんなに素晴らしいことでも、まずはお腹を満たしてから」という意味。
旅行先で「まずはご飯を食べよう!」と提案する時にぴったりのフレーズです。

寝て餅を食べる

누워서 떡 먹기
(ヌウォソ トク モッキ)

寝転がったまま餅を食べるくらい簡単だ(※実際には喉に詰まりそうですが)。
日本の「朝飯前」「赤子の手を捻る」のように、非常に容易なことのたとえです。

絵に描いた餅

그림의 떡
(クリメ トク)

絵に描いた餅は、見えていても食べられない。
どんなに気に入っても、自分のものにしたり使ったりできないもののたとえです。
日本の「絵に描いた餅」は役に立たないものを指しますが、韓国語では手の届かないものを指します。
ブランド品や憧れのスターなどを見て「しょせん自分には縁がない」と諦める時に使います。

腹よりへその方が大きい

배보다 배꼽이 더 크다
(ペボダ ペッコビ ト クダ)

「本末転倒」
本体(腹)よりも、付属物(へそ)の方が大きくなってしまっている状態。
例えば、「商品の値段より送料の方が高い」「料理の材料費より交通費の方がかかった」といった、主客転倒の滑稽な状況で使います。

安いのがおから餅(安物買いの銭失い)

싼 게 비지떡
(ッサン ゲ ピジットク)

値段が安いものは、やっぱり品質もそれなり(おからで作った餅のように粗末)だということ。
安いからと飛びついて失敗した時に、「やっぱりサンゲピジトックだったな」と自嘲気味に使います。

日本と同じ形の韓国のことわざ

韓国のことわざには、「猿も木から落ちる」「灯台下暗し」のように日本のことわざとほぼ同じ形のものもあれば、「唐辛子」「書堂」「金剛山」のように朝鮮半島の暮らしや土地を題材にしたものもあります。

世界の有名なことわざ

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