意味
「袖振り合うも多生の縁」は、どんなに些細な出会いや関わりであっても、すべて前世からの深い因縁によって結ばれているという意味です。
語源・由来
仏教の輪廻転生の思想に由来する言葉です。
「多生」とは、何度も生まれ変わることを意味し、人と人との出会いはすべて過去世からの因縁によるものだと考えられてきました。
こうした仏教的な世界観を背景に、日常のささいな出会いであっても意味のある縁だと捉える表現として広まりました。
使い方・例文
「袖振り合うも多生の縁」は、日常の思いがけない出会いや人との繋がりについて語る場面で使われます。
- 落とし物を拾ってくれた相手が昔の恩師だったとは、袖振り合うも多生の縁である。
- 旅行先で隣の席になった人と意気投合し、袖振り合うも多生の縁を感じる。
- 思いがけない場所での再会に、袖振り合うも多生の縁を実感する。
漢字の誤用と注意点
「多生」を、量の多い少ないを意味する「多少」と書くのは誤りです。仏教用語で何度も生まれ変わることを指す「多生」が正しい表記となります。また、「袖触れ合うも多生の縁」と覚えているケースもありますが、正しくは「袖振り合う」です。
類義語・関連語
「袖振り合うも多生の縁」と似た意味を持つ言葉には以下のようなものがあります。
- 一期一会(いちごいちえ):
一生に一度の出会いであると考え、その瞬間の相手に対して誠意を尽くすこと。 - 合縁奇縁(あいえんきえん):
人と人との気が合うか合わないかは、すべて不思議な因縁によるものであるというたとえ。 - 縁は異なもの味なもの(えんはいなものあじなもの):
男女の縁は常識や理屈では計り知れず、予測できない不思議な巡り合わせである様子。
対義語
「袖振り合うも多生の縁」と反対の意味を持つ言葉には以下のようなものがあります。
- 行きずり(いきずり):
たまたま道を通りかかるだけで、相手と全く関わりを持たない状態。 - 無縁(むえん):
人と人との間に関わりや繋がりが一切ないこと。
英語表現
Even chance meetings are the result of karma
(どんな偶然の出会いも、前世からの宿縁によるものである)
We met only briefly at the conference, but even chance meetings are the result of karma.
(会議でほんの少し言葉を交わしただけでしたが、袖振り合うも多生の縁というものでしょう。)
多生・他生・多少、三つの「たしょう」
「多生」を「多少」と書くのは誤りです。
「多少」は量の多い少ないを意味する言葉で、本来の意味とは異なります。
一方、「他生」と書く場合もあり、こちらは前世や来世を指す仏教語です。
日常表現としては「多生」と「他生」の両方が使われますが、ことわざとしては「多生」と書くのが一般的です。
また、「袖触れ合う」と覚えているケースもありますが、もともとは「袖振り合う」または「袖すり合う」とするのが本来の形とされています。













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