意味
「猿も木から落ちる(さるもきからおちる)」とは、その道の達人であっても、時には失敗することがあるという意味です。
木登りが得意な動物の代名詞である「猿」でさえ、枝を掴み損ねて地面に落ちることもあるという比喩から、慢心への戒めや、失敗した人への慰めとして使われます。
この言葉の核心は、「どれほど優れた能力を持っていても、完璧であり続けることは難しい」という謙虚な視点にあります。
語源・由来
「猿も木から落ちる」は、木登りの上手な猿でも時には誤って木から落ちる、という様子をそのままたとえにした言葉です。
野生の猿は一日の大半を樹上で過ごし、驚異的な身体能力で木々を渡り歩きますが、実際には足を滑らせて落下し、怪我をしたり命を落としたりする個体も存在します。
古くから広く知れ渡り、今日まで代表的なことわざとして親しまれています。
使い方・例文
「猿も木から落ちる」は、本来実力がある人が珍しく失敗した場面で使用します。
例文
- ベテランの料理長が味付けを間違えるなんて、まさに猿も木から落ちるだ。
- 漢字検定一級の彼が簡単な読みを書き間違えた。猿も木から落ちることもあるものだ。
- 猿も木から落ちると言うし、一回のミスでそんなに落ち込むことはないよ。
誤用・注意点
この言葉は、「もともと能力が高い人」に対して使うのが正解です。
- 間違いやすいポイント
普段から失敗が多い人や、その分野に不慣れな人がミスをした際に「猿も木から落ちる」と言うのは誤りです。
その場合は、単なる「実力不足」や「不注意」であり、このことわざのニュアンスには当てはまりません。 - 目上の人への注意
失敗した上司や先生を慰めるつもりで「猿も木から落ちるですね」と言うと、「あなたは猿のようなものだ」という皮肉や、「弘法(偉人)ではなく猿レベルだ」という失礼なニュアンスに受け取られるリスクがあります。
目上の人には「弘法にも筆の誤りと言いますし」と言い換えるのが無難です。 - 「猿の綱渡り」との混同
「猿の綱渡り」は、ことわざとして定着している言い方ではありません。
その道に優れた人でも失敗はあるということを、木登りの得意な猿にたとえたのが「猿も木から落ちる」です。
類義語・関連語
「猿も木から落ちる」と似た意味を持つ言葉には以下のようなものがあります。
- 弘法にも筆の誤り(こうぼうにもふでのあやまり):
書の達人である空海(弘法大師)でも、書き損じをすることがある。 - 河童の川流れ(かっぱのかわながれ):
泳ぎの名手である河童でも、水の勢いに負けて流されることがある。 - 上手の手から水が漏る(じょうずのてからみずがもる):
どれほど巧みな人でも、思わぬ手落ちや失敗をすることがある。
対義語
「猿も木から落ちる」とは対照的な意味を持つ言葉は以下の通りです。
- 百発百中(ひゃっぱつひゃくちゅう):
計画や予想がすべて的中し、一度も失敗がないこと。 - 常勝無敗(じょうしょうむはい):
常に勝ち続け、一度として負けを喫したことがない状態。
英語表現
「猿も木から落ちる」を英語で表現する場合、以下のフレーズがよく使われます。
Even Homer sometimes nods
「偉大な詩人ホメロスでさえ、時には居眠りをする(しくじる)」という意味の格言です。
「どんな天才でもミスをする」という意味合いで、日本語の「猿も木から落ちる」に最も近い表現です。
Don’t be discouraged. Even Homer sometimes nods.
(落ち込まないで。猿も木から落ちる、と言うじゃないか。)
『史記』の「智者も千慮すれば必ず一失有り」
名人でも失敗する、という言い方は漢籍にもあります。
『史記』の淮陰侯列伝に「智者も千慮すれば必ず一失有り。愚者も千慮すれば必ず一得有り」とあります。
賢い者でも千回考えれば一度は間違え、愚かな者でも千回考えれば一度は当たる、という意味です。
この一節は、韓信に敗れた広武君が、意見を求められて謙遜する場面に置かれています。
自分は敗軍の将だから語る資格がない、と断ったうえでの前置きでした。
「猿も木から落ちる」が動物を持ち出すのに対し、こちらは「千回考えれば一度は」という数で同じことを表しています。















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