「猫に小判」や「豆腐に鎹」など、日本語のことわざ・四字熟語には、動物や身近な道具を使った大げさな比喩や意外な組み合わせなど、思わず笑ってしまうような例えが数多くあります。
「豚もおだてりゃ木に登る」の調子の良さから「頭隠して尻隠さず」の間の抜けた失敗まで、面白みのあることわざ・四字熟語をテーマ別に紹介します。
後半では、元になった話そのものが面白い故事成語も、由来とあわせて紹介します。
何を言っても、何を与えても響かない
一生懸命に働きかけても、まったく効果や反応が返ってこない状況を表す言葉です。
- 馬の耳に念仏(うまのみみにねんぶつ):
どれだけ忠告しても、聞き入れられず効果がないこと。 - 豆腐に鎹(とうふにかすがい):
豆腐に金具を打つように、意見や忠告に全く手応えがないこと。 - 蛙の面に水(かえるのつらにみず):
どんな仕打ちを受けても平気で、少しもこたえない様子。 - 焼け石に水(やけいしにみず):
援助や努力がわずかすぎて、効果が期待できないこと。 - 二階から目薬(にかいからめぐすり):
やり方が遠回しすぎて、思うような効果が出ないもどかしさ。
価値のわからない相手には
どれほど貴重なものでも、値打ちを理解できない相手にとっては意味を持ちません。
- 猫に小判(ねこにこばん):
値打ちのわからない者に、貴重な物を与えても無意味なこと。 - 豚に真珠(ぶたにしんじゅ):
価値のわからない者には、貴重な物も何の役にも立たないことのたとえ。
新約聖書「マタイによる福音書」7章の言葉から。 - 犬に論語(いぬにろんご):
道理の通じない相手に何を説いても、全く効果がないこと。
猫をかぶった話
本性を隠しておとなしく振る舞う姿や、内と外での態度の落差を表す言葉です。
- 借りてきた猫(かりてきたねこ):
慣れない場所で、急におとなしくなってしまうこと。 - 猫を被る(ねこをかぶる):
本性を隠し、おとなしく上品に見せかけること。 - 内弁慶の外地蔵(うちべんけいのそとじぞう):
家では威張るのに、外では意気地がなくおとなしいこと。 - 頭隠して尻隠さず(あたまかくしてしりかくさず):
欠点の一部だけ隠して、全部隠せたと思い込む愚かさ。 - 陸に上がった河童(おかにあがったかっぱ):
得意な環境を離れ、まるで力を発揮できなくなること。
達人だって失敗する
どれほどの名人でも、時には思わぬ失敗をしてしまうものです。
- 猿も木から落ちる(さるもきからおちる):
木登りが得意な猿でさえ、時には落ちてしまうということ。 - 弘法にも筆の誤り(こうぼうにもふでのあやまり):
書の名人・弘法大師でさえ、書き損じることがあるということ。 - 天狗の飛び損ない(てんぐのとびそこない):
空を飛ぶ達人の天狗でさえ、時には飛び損なうということ。 - 河童に水練(かっぱにすいれん):
泳ぎの達人である河童に、水泳を教えようとする見当違いな行為。 - 河童の川流れ(かっぱのかわながれ):
泳ぎの達人の河童でも、時には水に流されてしまうということ。
扱い方ひとつで変わるもの
危険なものも、扱いにくい相手も、接し方次第で結果が変わるという教えです。
- 馬鹿と鋏は使いよう(ばかとはさみはつかいよう):
切れない鋏も使い方次第なように、人も扱い方で役に立つこと。 - 豚もおだてりゃ木に登る(ぶたもおだてりゃきにのぼる):
おだてられると、人は普段以上の力を出すということ。
くらべてみれば
差の大きさやあきれるほどの様子を、身近なものにたとえた言い回しです。
- へそで茶を沸かす(へそでちゃをわかす):
あまりにばかばかしくて、あきれて笑ってしまうこと。 - 五十歩百歩(ごじっぽひゃっぽ):
多少の違いはあっても、本質的には大差がないこと。 - 猿の尻笑い(さるのしりわらい):
自分の欠点には気づかず、他人の欠点を笑う愚かさ。 - 月とスッポン(つきとすっぽん):
どちらも丸い形をしていながら、比較にならないほどの差があること。 - 団栗の背比べ(どんぐりのせいくらべ):
どれも似たり寄ったりで、抜きん出て優れた者がいないこと。
暮らしから生まれた言い回し
日々の生活の中の動作や道具から生まれた、独特の表現です。
- 雀の涙(すずめのなみだ):
小さな雀の涙のように、ほんのわずかで少ないことのたとえ。 - 千鳥足(ちどりあし):
酒に酔って、足元がふらつき左右に揺れながら歩くこと。 - 鯖を読む(さばをよむ):
自分に都合よく、実際の数量や年齢をごまかすこと。 - 手前味噌(てまえみそ):
自分で自分のことを、得意げに褒めてしまうこと。 - 猫の額(ねこのひたい):
土地や場所の面積が、非常に狭いことのたとえ。 - へそを曲げる(へそをまげる):
機嫌を損ねて、わざと意地を張り従わないこと。
音の響きが面白い四字熟語
漢字が並ぶ堅い見た目に反して、意味を知ると思わずニヤリとする四字熟語です。
- 唯我独尊(ゆいがどくそん):
自分だけが優れていると自負し、勝手気ままに振る舞うこと。 - 荒唐無稽(こうとうむけい):
言動に根拠がなく、現実離れしてとりとめのない様子。 - 奇想天外(きそうてんがい):
常識の枠を大きく超えた、奇抜で意外な発想のさま。 - 竜頭蛇尾(りゅうとうだび):
始めは勢いが盛んなのに、終わりは尻すぼみになること。
自分を棚に上げて
自分の欠点は見えないまま、他人の欠点だけを指摘してしまう様子を表す言葉です。
油断は禁物
危うい状況を自ら作ってしまうことや、対応の遅さを戒める言葉です。
- 猫に魚の番(ねこにさかなのばん):
過ちが起きやすい状況を自ら作ったり、危険な相手に物を預けたりすること。 - 泥棒を捕らえて縄を綯う(どろぼうをとらえてなわをなう):
事が起こってから、慌てて対策や準備を始めること。
力比べと、その道のプロ
強さや専門性をめぐる、少し皮肉のきいた言い回しです。
- 虎の威を借る狐(とらのいをかるきつね):
他人の権威を背景にして威張る、小人物のたとえ。 - 蟷螂の斧(とうろうのおの):
弱小のものが力量もわきまえず、強敵に立ち向かうこと。 - 蛇の道は蛇(じゃのみちはへび):
同類の者がすることは、その仲間なら容易に推測できること。
不仲だけど、同じ舟
激しく対立する間柄や、そんな者同士がやむなく居合わせる状況を表す言葉です。
専門家なのに、自分のことは見えない
「専門家なのに、自分のことになると疎かになる」という同じ皮肉が、職業を変えて何通りものバリエーションで語り継がれています。
少しマニアックですが、まとめて知ると面白い一群です。
- 紺屋の白袴(こうやのしろばかま):
他人の服ばかり染める染物屋が、自分は白い袴のままでいること。 - 医者の不養生(いしゃのふようじょう):
健康を説く医者が、自分の体は不摂生なままにしていること。 - 易者身の上知らず(えきしゃみのうえしらず):
他人の運勢を占う易者が、自分の将来は分からないこと。 - 大工の掘っ建て(だいくのほったて):
立派な家を建てる大工が、自分は粗末な小屋に住んでいること。 - 髪結いの乱れ髪(かみゆいのみだれがみ):
他人の髪を整える髪結いが、自分の髪は乱れたままなこと。
由来の話が面白い故事成語
故事成語は、中国の古い書物に記された話から生まれた言葉です。
元の話には、思わず笑ってしまう場面や意外な結末が出てくるものも多く、意味とあわせてその話を短く紹介します。
まぬけな人が出てくる話
- 守株(しゅしゅ):
古い習慣にとらわれ、時に応じた対応ができず進歩がない様子。
宋の国の農夫が、切り株に頭をぶつけて死んだ兎を偶然手に入れた。それからは畑仕事をやめて毎日切り株を見張ったが、兎は二度と捕れず、国中の笑い者になったという『韓非子』の話。 - 刻舟求剣(こくしゅうきゅうけん):
状況の変化に気づかず、古いやり方に固執する愚かさのたとえ。
楚の国の人が舟から剣を川に落とし、慌てて舟べりに印を刻んだ。舟が岸に着くと、その印の下の水に入って剣を探したが、舟はとうに動いているので見つかるはずもなかったという『呂氏春秋』の話。 - 助長(じょちょう):
物事の成長や発展に力を添えること、特に、好ましくない傾向をいっそう強めること。
宋の国の人が、苗の育ちが遅いのを気にして、一本ずつ引っ張って伸ばそうとした。家に帰って「今日は苗が伸びるのを手伝ってきた」と話したので、子どもが畑へ走って見に行くと、苗は枯れていたという『孟子』の話。 - 杞憂(きゆう):
心配する必要のないことをあれこれ心配する、取り越し苦労。
杞の国のある人が、天が崩れ落ちてこないか、大地が崩れないかと心配して、夜も眠れず食事ものどを通らなくなった。見かねた友人が、天も地も崩れはしないと説明して、ようやく安心させたという『列子』の話。 - 矛盾(むじゅん):
二つの物事や言動のつじつまが合わず、食い違っていること。
楚の国の商人が「この矛はどんな盾も突き通す」「この盾はどんな矛も防ぐ」と自慢していた。客に「その矛でその盾を突いたらどうなるのか」と聞かれ、答えに詰まってしまったという『韓非子』の話。 - 蛇足(だそく):
あっても役に立たず、かえって邪魔になる余計な付け足し。
楚の国で、蛇の絵を一番早く描いた者が酒を飲めるという競争があった。最初に描き上げた男が、余裕を見せて蛇に足まで描き足しているうちに、次に描き上げた男に「蛇に足はない」と言われて酒を取られたという『戦国策』の話。 - 朝三暮四(ちょうさんぼし):
目先の違いに気を取られ、結果が同じだと気づかないこと。
宋の狙公という人が、飼っている猿にトチの実を朝に三つ、夕方に四つ与えると言うと、猿たちは少ないと怒った。そこで朝に四つ、夕方に三つと言い直すと、猿たちは大喜びしたという、『荘子』や『列子』に見える話。 - 夜郎自大(やろうじだい):
自分の力量を知らずに威張るさま。
昔、中国の西南に夜郎という国があり、その王は漢の強大さを知らなかった。漢から使者が来ると、王は「漢とわが国とでは、どちらが大きいのか」と尋ねたという『史記』の話。
言い間違い・言葉選びの話
- 推敲(すいこう):
詩や文章の字句を、何度も練り直すこと。
唐の詩人・賈島は、ロバに乗りながら「僧は推す月下の門」の「推す」を「敲く」に変えるべきか迷い、押す動作と叩く動作を繰り返していた。夢中になるあまり長官の韓愈の一行にぶつかったが、韓愈は事情を聞くと、しばらく考えて「敲く」がよいと答えたという『唐詩紀事』の話。 - 漱石枕流(そうせきちんりゅう):
負け惜しみが強く、こじつけの理屈で自分の誤りを認めない態度。
晋の孫楚は、石を枕にして川の流れで口をすすぐ暮らしをしたいと言うつもりが、「石で口をすすぎ、流れを枕にする」と言い間違えた。友人の王済に指摘されると、「流れを枕にするのは耳を洗うため、石で口をすすぐのは歯を磨くためだ」と言い張ったという、『世説新語』などに見える話。 - 杜撰(ずさん):
物事のやり方がいい加減で、誤りや手落ちが多いこと。
宋の杜黙という人の作る詩は、詩の決まりに合わないものが多かったと『野客叢書』にある。「撰」は詩文を作ることで、そこから決まりに合わない詩文を「杜撰」と呼ぶようになったという説がよく知られている。 - 破天荒(はてんこう):
それまで誰もできなかったことを初めて成し遂げる、前人未到の偉業。
唐の時代、荊州からは科挙(= 役人の採用試験)の合格者が長く一人も出ず、「天荒(= 未開の荒れ地)」と呼ばれていた。そこへ劉蛻が初めて合格したので、「天荒を破った」とたたえられたという、『唐摭言』などに見える話。
思い込み・夢の話
- 杯中の蛇影(はいちゅうのだえい):
疑う心があると、何でもないことにまで神経を悩ますことのたとえ。
漢の杜宣という人は、酒の杯に蛇の影が映っているのを見て、蛇を飲んでしまったと思い込み、病気になった。ところが、それは壁に掛けてあった弓の影だと分かると、病気はたちまち治ったという『風俗通』の話。 - 画竜点睛(がりょうてんせい):
物事を完成させるために最後に加える、最も大切な仕上げ。
梁の画家・張僧繇は、寺の壁に描いた竜に瞳を入れず、「瞳を入れると飛び去ってしまう」と言った。人々が信じないので瞳を描き入れると、その竜はたちまち天へ昇り、瞳のない竜だけが壁に残ったという『歴代名画記』の話。 - 胡蝶の夢(こちょうのゆめ):
夢と現実の境目があいまいで、区別がつかないことのたとえ。
荘子は夢の中で蝶になり、自分が荘子であることも忘れて楽しく飛び回っていた。目が覚めると、自分が夢で蝶になったのか、蝶が夢の中で自分になっているのかと考え込んだという『荘子』の話。 - 邯鄲の夢(かんたんのゆめ):
人の世の栄華も衰えも、ほんのひとときのはかないものだということ。
唐の時代、貧しい青年の盧生は、趙の都・邯鄲で道士の呂翁から、栄華が思いのままになるという枕を借りた。うたた寝をする間に五十年余りの栄華の一生を夢に見たが、目覚めると、宿の主人が炊いていた粟の飯もまだ炊き上がっていなかったという『枕中記』の話。
意外な結末の話
- 人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま):
人生の幸不幸は予測できず、福が禍に、禍が福に転じることもあるということ。
国境の塞の近くに住む老人の馬が逃げたが、やがて立派な馬を連れて帰ってきた。ところがその馬から息子が落ちて足の骨を折り、そのけがのおかげで後に戦争へ行かずに済んだという『淮南子』の話。 - 漁夫の利(ぎょふのり):
二者が争っている隙に、第三者が苦労せず利益を横取りすることのたとえ。
シギがハマグリの身をついばもうとすると、ハマグリは殻を閉じてシギのくちばしを挟み、どちらも譲らずにいた。そこへ通りかかった漁師が両方とも捕まえてしまったという話で、『戦国策』では、隣国を攻めようとした趙の王を思いとどまらせるために語られている。 - 鶏鳴狗盗(けいめいくとう):
くだらない技能しか持たない卑しい者のこと、また、そんな技能でも役に立つことがあるというたとえ。
秦に捕らえられた斉の孟嘗君は、犬のように忍び込んで盗むのが得意な食客(= 抱えている客分の者)に毛皮の衣を盗み出させ、それを王のお気に入りの女性に贈って釈放された。夜中に函谷関に着くと、鶏が鳴くまで門は開かない決まりだったが、鶏の鳴きまねが得意な食客が鳴くと本物の鶏も鳴き出し、門が開いて逃げ延びたという『史記』の話。 - 覆水盆に返らず(ふくすいぼんにかえらず):
一度別れた夫婦の仲は元に戻らないこと、転じて、一度したことは取り返しがつかないことのたとえ。
周の呂尚(太公望)は読書ばかりして暮らしを顧みず、妻に去られてしまった。出世した後に元の妻が復縁を求めてくると、呂尚は盆の水を地面にこぼし、この水を盆に戻せたら応じようと言って断ったという、『拾遺記』などに見える話。 - 白眉(はくび):
多くの中で最も優れている人や物。
蜀の馬氏の五人兄弟はそろって秀才だったが、眉に白い毛のある馬良がとりわけ優れていた。そこで人々が「白い眉の馬良が一番だ」と評したという『三国志』の話。 - 多岐亡羊(たきぼうよう):
方針が多すぎて、どれを選べばよいか迷うこと。
思想家・楊子の隣家から羊が一匹逃げ、大勢で追いかけたものの、分かれ道が多くて見失ってしまった。これを聞いた楊子は顔色を変えて黙り込み、その日は一日笑わなかった。そのわけを心都子という人が、学問も道が多方面に分かれすぎると真理をつかみにくいのと同じだと解き明かしたという『列子』の話。
「猫に小判」と「豚に真珠」
ここまで紹介した言葉の中でも、「猫に小判」と「豚に真珠」は特によく似た発想として知られています。
「豚に真珠」は、新約聖書のマタイによる福音書7章の、聖なるものを犬に与えたり、真珠を豚の前に投げたりしてはならないという一節から出た、西洋のことわざです。
一方の「猫に小判」は、江戸時代の貨幣である小判を使った、日本の言い回しです。










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