意味
「猫を被る(ねこをかぶる)」には、次の二つの意味があります。
- 本性を隠して、おとなしく上品に見せかけること。
- 実際は知っているのに、知らないふりをすること。
一般的には1の意味で使われることが多く、自分の悪い部分や荒っぽい部分を隠し、人当たりを良くする「処世術」や「偽装」を指します。
基本的には、相手を騙すようなニュアンスや、ぶりっ子をする様子など、ややネガティブな意味合いで用いられます。
語源・由来
「猫を被る」という表現が生まれた背景には、いくつかの説があります。
決定的な定説はありませんが、主に以下の二つがよく知られています。
猫の性質に由来する説
猫は、ふだんはおとなしく見える動物です。
うわべだけ猫のようにおとなしく装い、その下に本性を隠すことから、こう言うようになったという説です。
「ねこ」という道具に由来する説
かつて、藁や縄で編んだ大形のむしろ(敷物)を「ねこ」と呼んでいました。
この「ねこ(むしろ)」を被って姿を隠すこと、あるいは、それを被って知らんぷりをする様子から転じて、本性を隠す意味になったと言われています。

使い方・例文
初対面の人や目上の人、好意を寄せている相手に対して、自分を良く見せようと振る舞う状況でよく使われます。
「本性を隠している」という批判的な文脈で使われることもあれば、場を荒立てないための「大人の対応」として自嘲気味に使われることもあります。
- 家では弟を大声で叱り飛ばしている姉が、彼氏の前ではすっかり猫を被っている。
- 転校初日は猫を被っていたが、一週間もしないうちにクラスで一番にぎやかな子になった。
- 部長がそのうわさを知らないはずがない。会議で驚いてみせたのは猫を被っただけだ。
誤用・注意点
「猫の皮を被る」は誤り
猫の皮をかぶるわけではないので、「猫の皮を被る」と言うのは誤りです。
「猫被りをする」とは言います。
「謙遜」や「実力の隠蔽」ではない
「能ある鷹は爪を隠す」のように「実力があるのに、それをひけらかさない」という良い意味で使うのは誤りです。
「猫を被る」は、あくまで「本性(多くは欠点や荒い気性)を隠して、おとなしく見せる」ことであり、ポジティブな能力を隠す場合には使いません。
「猫を被る」と「借りてきた猫」の違い
似た言葉に「借りてきた猫」がありますが、意味が異なります。
「猫を被る」は意図的に本性を隠す能動的なもので、「借りてきた猫」は環境の変化などでおとなしくなってしまう受動的なものです。
「彼は今日、猫を被っているね」と言うと「計算して演技している」ことになりますが、「借りてきた猫のようだね」と言うと「緊張して萎縮している」ことになります。
類義語・関連語
「猫を被る」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 空とぼける(そらとぼける):
知っているくせに、わざと知らないふりをすること。 - 頬被り(ほおかぶり):
手ぬぐいなどで頬を隠すこと。転じて、知っていながら知らないふりをすること。
「頬被りを決め込む」のように使う。 - かまとと:
知っているのに知らないふりをして、上品ぶったりウブなふりをしたりすること。
「蒲鉾(かまぼこ)は魚(とと)からできているの?」と聞いたという俗説に由来。 - 羊の皮を被った狼(ひつじのかわをかぶったおおかみ):
外見は親切で優しそうだが、内心は強欲で凶悪な人物のたとえ。 - 内弁慶(うちべんけい):
家の中では威張り散らすが、外では意気地がなくおとなしいこと。
「猫を被る」とは逆に、外で弱気なために結果としておとなしく見える状態。後に「外地蔵」と続けて内弁慶の外地蔵とも言う。
対義語
「猫を被る」とは対照的な意味を持つ言葉は、本性をさらけ出すことを表します。
- 地を出す(じをだす):
隠していた本来の性質や癖を表に出すこと。 - 本性を現す(ほんしょうをあらわす):
隠していた本来の(多くは悪い)性質をむき出しにすること。
英語表現
「猫を被る」を英語で表現する場合、状況によっていくつかの言い回しがあります。
play innocent
「無実を装う」「知らないふりをする」という意味の表現で、悪さをしたのに「私じゃない」という顔をする、あるいは事情を知っているのに知らないふりをするというニュアンスで最も一般的に使われる。
Don’t play innocent with me.
(猫を被るのはやめてくれ/しらばっくれるな。)
wear a mask
直訳は「仮面をかぶる」で、「本性を隠す」という意味を表す。
自分の本当の感情や性格を隠して別人を演じることを指す。
He always wears a mask in front of his boss.
(彼は上司の前ではいつも猫を被っている。)
a wolf in sheep’s clothing
直訳は「羊の服を着た狼」で、「善人ぶった危険人物」を表す聖書由来の表現。
見かけは無害そうだが中身は危険であるという、かなり強い批判を込めた言い回し。
猫をかぶり、最後は尻尾を出す
明治19年(1886年)に初演された河竹黙阿弥の歌舞伎『盲長屋梅加賀鳶』(通称『加賀鳶』)に、「猫をかぶる」が出てきます。
人殺しを隠していた按摩(= もみ療治を仕事にする人)の道玄と、その愛人のお兼が捕まり、取り調べの場で顔を合わせます。
先に白状したお兼は、まだ知らないと言い張る道玄にこう言います。
わたしも初めはお前のやうに猫をかぶつて遣つて見たが、……尻尾を出してしまつたから
(わたしも初めはおまえのように知らないふりをしてみたけれど、……白状してしまった)
「……」のところでお兼は、道玄が床下に埋めた血の付いた着物が見つかり、言い逃れできなくなったと語っています。
このせりふの「猫をかぶる」は、本性を隠すというより、知っているのに知らないと言い張る、つまりしらを切ることです。
猫をかぶった者が最後に尻尾を出す、という言葉遊びにもなっています。















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