大切にしていたものを失った瞬間や、夕暮れ時の街並みにふと感じる寂しさ。
あるいは、誰かの不運を自分のことのように痛ましく思う気持ち。
こうした悲しい気持ちや、人を気の毒に思う心を「哀」(あい)と言います。
悲しみや同情、孤独、無常観を表すことわざ・慣用句・四字熟語・三字熟語・故事成語をまとめて紹介します。
心の奥底から湧き出す悲しみ
断腸の思い(だんちょうのおもい)
はらわたがちぎれるほど、つらく悲しい思い。
中国の故事で、捕らえられた子ザルを追った母ザルが、悲しみのあまり腸(はらわた)が寸断されて死んでいたという逸話に由来します。
愛するペットとの別れや、守りたかった約束を果たせなかったときなど、耐え難いほどの悲痛な心情を表す際に使われます。
悲嘆に暮れる(ひたんにくれる)
深い悲しみに沈み、どうすることもできずにいる状態。
この「暮れる」は、悲しみなどで暗い気持ちのまま時を過ごすことを表します。
大きな失敗をして落ち込んでいる友人の姿や、大切な思い出の品を失ったときの喪失感を表現するのに適しています。
愛別離苦(あいべつりく)
愛する者と別れる苦しみ。
仏教でいう八苦の一つで、会った者とはいつか必ず別れるという、この世の悲しさ・はかなさを表します。
親しい友人との転校による別れ、長年連れ添った家族との死別など、縁ある人との別れに伴う深い精神的な痛みを表す四字熟語です。
死んだ子の年を数える(しんだこのとしをかぞえる)
すでにどうにもならないことを、いつまでも嘆き悲しむこと。
亡くなった子供が生きていれば今頃は何歳だろうと数える様子から、取り返しのつかない過去を悔やみ続ける虚しさと悲しさを表します。
終わったことだと分かっていても、心がそこから動けない、深い執着を伴う悲しみの表現です。
袖を絞る(そでをしぼる)
涙で濡れた着物の袖を絞るほど、激しく泣き悲しむ様子。
和歌や軍記物語にも使われてきた古い言い回しで、ひどく悲しんで泣くさまを表します。
泣きっ面に蜂(なきっつらにはち)
不幸や不運が重なることのたとえ。
悲しくて泣いている顔を、さらに蜂が刺すという、どうしようもない不運の連続を指します。
忘れ物をして叱られた帰り道に雨に降られるといった、日常の「ついていない」状況を自嘲気味に表現する際にもよく使われます。
他者に寄り添う同情と共感
身につまされる
他人の不幸や苦しみが、自分のことのように切実に感じられること。
他人の状況が自分の心にぐっと入り込んでくる感覚を指します。
似た境遇の人の苦労話を聞いて、思わず目頭が熱くなるような、深い共感を伴う同情の心を表します。
同病相憐れむ(どうびょうあいあわれむ)
同じ悩みや苦しみを持つ者同士は、互いにそのつらさが分かり、同情し合うということ。
中国の『呉越春秋』で、伍子胥が古い歌の一節「同病相憐れみ、同憂相救う」を引いたことから来ています。
もとは同じ病気の者どうしが思いやり合うことをいい、転じて、似た境遇にある者どうしが互いに同情し合うことをいいます。
判官贔屓(ほうがんびいき)
弱い立場にある者や不遇な者に同情し、肩を持つこと。
兄の源頼朝に追われ、悲劇的な最期を遂げた源義経(九郎判官)に同情し、惜しむ気持ちから来た言葉です。
勝者よりも、懸命に戦いながらも敗れてしまった側に心を寄せる気持ちを表します。
見るに忍びない(みるにしのびない)
あまりにも気の毒で、まともに見ていられない気持ち。
相手の置かれた状況が残酷であったり、あまりに不憫であったりして、正視することが苦痛である様子を指します。
震えている迷い犬を見かけたときや、怪我で立ち上がれない選手を見たときなど、助けてあげたいけれど何もできないもどかしさと同情が混ざった表現です。
胸が痛む(むねがいたむ)
他人の不幸や苦しみを知り、自分までつらく感じること。
他人の不幸に限らず、自分の心配事などで苦しい思いをするときにも使います。
「災害の報道に胸が痛む」のように用います。
兎死すれば狐これを悲しむ(うさぎしすればきつねこれをかなしむ)
同類の不幸を、同じ境遇にある者が我が身に置き換えて悲しむことのたとえ。
兎が死ぬと狐がそれを悲しむという意から。
仲間や同じ立場の者が不幸に見舞われたとき、それを自分のことのように痛ましく思う気持ちを表す言葉です。
一人きりの寂しさ・孤独
天涯孤独(てんがいこどく)
身寄りが一人もなく、広い世の中でまったくの独りであること。
「天涯」は空の果て、故郷から遠く離れた土地のことで、家族も頼れる人もいない身の上をいいます。
両親を早くに亡くし、親類もいない境遇などを表します。
鰥寡孤独(かんかこどく)
身寄りがなく、頼る相手のいない人々のこと。
「鰥」は妻のいない老人、「寡」は夫のいない老女、「孤」は親のない子、「独」は子のない老人を指します。
中国の古典『孟子』で、よい政治がまず手を差しのべるべき人々として挙げられています。
孤影悄然(こえいしょうぜん)
ただ独りで、寂しそうにしょんぼりしている様子。
「孤影」はひとりぼっちの姿、「悄然」は元気をなくしてしょげている様子を表します。
見送る人もなく去っていく後ろ姿など、寂しさのにじむ姿を描くときに使います。
形影相弔(けいえいそうちょう)
訪ねてくる人もなく、独りきりで寂しいこと。
自分の体と影とが互いに慰め合うほかない、という意味で、「形影相弔う」と訓読して使うことの多い言葉です。
中国・三国時代の詩人、曹植の文章に出てきます。
孤立無援(こりつむえん)
仲間もなく、どこからも助けが得られないこと。
「孤立」はほかから離れて一つだけになっていること、「無援」は助けがないことを表します。
周りに味方がいないまま困難に向き合う場面などで使います。
四面楚歌(しめんそか)
周りを敵や反対する人に囲まれ、味方が一人もいないこと。
漢の軍に囲まれた楚の項羽が、四方から楚の歌が聞こえてくるのを聞き、楚の人々までも漢に降伏したのかと嘆いた、という『史記』の故事に由来します。
世の移ろいとはかなさ
諸行無常(しょぎょうむじょう)
この世のすべてのものは常に変化し、永遠に変わらないものはないということ。
仏教の根本の教えである三法印の一つで、『平家物語』の冒頭「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」でもよく知られています。
満開の桜が散る様子や、賑やかだった祭りの後の静けさなど、世の中のはかなさを感じる場面で使われます。
盛者必衰(じょうしゃひっすい)
勢い盛んな者も、必ずいつかは衰え滅びるということ。
「諸行無常」と並んで使われることが多く、栄華を極めた存在が消えていくときの物悲しさを強調する言葉です。
歴史の教科書に出てくるような大きな出来事だけでなく、かつて賑わった商店街がシャッター通りに変わる様子など、時の流れによる寂しさを表す際にも使われます。
秋の日は釣瓶落とし(あきのひはつるべおとし)
秋の日は、井戸の釣瓶が落ちるように、あっという間に暮れてしまうこと。
釣瓶は、縄の先に付けて井戸の水をくみ上げる桶のことです。
秋は日没が早まるうえ、日が沈んでから暗くなるまでの時間も短いため、日暮れがとても早く感じられることを表しています。
泡沫夢幻(ほうまつむげん)
水の泡や夢やまぼろしのように、はかないことのたとえ。
「泡沫」は水の泡、「夢幻」は夢とまぼろしのことです。
どれもすぐに消えてしまうことから、人の世や栄華のはかなさを表す場面で使われます。
孤城落日(こじょうらくじつ)
勢いが衰え、助けもなく心細く頼りない様子のたとえ。
「孤城」は助けの来ない孤立した城、「落日」は西に傾く夕日のことで、唐の詩人王維の詩の一節から出た言葉です。
かつての勢いを失い、取り残された人や組織の心細さを表す際に用いられます。
後悔とやり場のない思い
覆水盆に返らず(ふくすいぼんにかえらず)
一度別れた夫婦の仲はもとに戻らないということ。
転じて、一度してしまったことは取り返しがつかないことのたとえ。
中国の周の呂尚(太公望)が、出世してから復縁を求めてきた元の妻の前で盆の水をこぼし、この水をもとに戻せたら求めに応じようと言って断ったという故事から来ています。
この「盆」は食器を載せる盆ではなく、素焼きの浅い器のことです。
【特集】 「喜怒哀楽」のことわざ・慣用句・故事成語・四字熟語
「喜怒哀楽」に関係する有名なことわざ・慣用句・故事成語・四字熟語の一覧記事です。
ほぞを噛む(ほぞをかむ)
どうにもならないことを後悔して、ひどく残念がること。
「ほぞ」はへそのことで、中国の歴史書『春秋左伝』に見える言葉から来ています。
あのとき一言謝っておけばよかった、もっと練習しておけばよかった、という切なくも苦しい後悔の念を表す慣用句です。
愁眉をひそめる(しゅうびをひそめる)
心配事や悲しみで眉を寄せ、暗い表情をすること。
「愁眉」は、悲しみや心配のためにしかめた眉のことです。
どう解決していいか分からない大きな悩みに直面し、心が沈んでいる様子を外見から描写する言葉です。
長大息(ちょうたいそく)
長いため息をつくこと。
また、そのため息。
長嘆息と同じ意味で、長いため息をついて嘆く様子を表します。
どうにもならない事態を前にして、落胆や嘆きがため息になって表れる場面で使います。










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