愛着のあるものを手放さなければならない時や、苦渋の決断を迫られた時、私たちはその胸の痛みを「断腸の思い」と表現します。
文字通り解釈すれば「腸(はらわた)がちぎれるほどの思い」となりますが、なぜ「心」や「胸」ではなく、内臓である「腸」が使われているのでしょうか。
実はこの言葉、ある動物の母子が織りなした、涙なしでは語れない壮絶な実話(故事)から生まれています。
悲しみの深さを表す「断腸の思い」について、その衝撃的な由来や本来の意味、そして現代における正しい使い方を解説します。
「断腸の思い」の意味
断腸の思いとは、はらわたがちぎれてしまうほど、非常に辛く悲しい気持ちのことです。
- 断:断つ、ちぎれる。
- 腸:はらわた、内臓。
単なる悲しみではなく、身を切られるような激しい苦痛や、大切にしていたものを諦めざるを得ない時の「やりきれない無念さ」を表す際に用いられます。
現代では、愛用品の処分やプロジェクトの中止など、不本意な決断をする際によく使われますが、言葉の根底には「肉体的な激痛を伴うほどの深い悲哀」という意味が含まれています。
「断腸の思い」の語源・由来
この言葉は、中国の古い説話集『世説新語(せせつしんご)』に収められた故事に由来します。
その主役は、人間ではなく一匹の「母猿」でした。
4世紀の中国(東晋時代)、桓温(かんおん)という武将が船で長江の景勝地「三峡」を通りかかった時のことです。
一行の兵士が、岸辺で遊んでいた子猿を捕まえ、船に乗せてしまいました。
すると、その母猿は悲痛な叫び声をあげながら、岸伝いに船を追いかけてきたのです。
母猿の必死の追跡はなんと百里(約50km以上とも言われる長距離)にも及びました。
ついに母猿は船に飛び移りましたが、そのまま力尽き、息絶えてしまいました。
兵士たちが不思議に思い、母猿の腹を割いてみたところ、なんとその腸(はらわた)は、あまりの悲しみと苦しみのために、ずたずたにちぎれていたといいます。
この衝撃的な出来事から、耐え難いほどの深い悲しみを「断腸」と呼ぶようになりました。
「断腸の思い」の使い方・例文
現代では、死別などの深い悲しみだけでなく、ビジネスや日常において「何かを諦める苦渋の決断」をする場面でも広く使われます。
例文
- 資金繰りが悪化し、長年守ってきた店舗を断腸の思いで閉めることにした。
- 引っ越しに伴い、コレクションしていた蔵書を断腸の思いで手放した。
- 彼は断腸の思いで、愛する家族を故郷に残し、単身赴任することを選んだ。
使用上の注意点
この言葉は「非常に辛い」という意味ですが、「昨日の試合で負けて断腸の思いだ」といった軽い悔しさに使うのは不自然です。
「身を切られるような」「はらわたがちぎれるような」という原義の通り、深刻な決断や深い悲しみの場面で使うのが適切です。
「断腸の思い」の類義語・関連語
深い悲しみや、辛い決断を表す言葉です。
- 身を切られる思い(みをきられるおもい):
つらさや寒さが、刃物で体中を切られるかのように厳しく感じられること。肉体的な痛みに例える点が「断腸」と共通しています。 - 苦渋の決断(くじゅうのけつだん):
苦しみ悩み抜いた末に行う、つらい決断。「断腸の思いで決断する」とほぼ同じ文脈で使われます。 - 胸が張り裂ける(むねがはりさける):
激しい悲しみや喜びで、胸が破れそうになること。 - 痛恨の極み(つうこんのきわみ):
これ以上ないほど残念に思い、悔やむこと。
「断腸の思い」の英語表現
英語でも、内臓(Gut)を使った似たような慣用句が存在します。
gut-wrenching
- 意味:「断腸の思いの」「胸が引き裂かれるような」
- 解説:gutは「腸」、wrenchは「ねじる・ひねる」という意味。腸がねじ切れるような精神的苦痛を表す、由来やニュアンスが非常に近い表現です。
- 例文:
It was a gut-wrenching decision to close the store.
(店を閉めるのは、断腸の思い(身を切られるような)決断だった。)
heartbroken
- 意味:「悲嘆にくれた」「失意の」
- 解説:心が壊れてしまった状態。最も一般的で、広く使える表現です。
- 例文:
She was heartbroken over the loss of her dog.
(彼女は愛犬を失って断腸の思いだった。)
まとめ
断腸の思いとは、はらわたがちぎれるほど辛く悲しい心情を表す言葉です。
その由来は、連れ去られた我が子を追いかけ、悲しみのあまり腸がずたずたに切れて死んでしまった母猿の物語にありました。
現代では「悔しいけれど諦める」といった場面で使われることも多いですが、その背景には「母が子を思う凄まじい愛情」と「命がけの悲しみ」が隠されていることを知っておくと、言葉の重みが違って感じられるでしょう。






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