雨でずぶ濡れになったあげく、楽しみにしていたお店が臨時休業だった……。
そんな「ついてない状況」が重なり、がっくりと肩を落とした経験はありませんか?
不運が次から次へと押し寄せる、そんなやるせない状況を言い表すのが「泣きっ面に蜂」ということわざです。
なぜ「蜂」なのか? どんな時に使うのが正しいのか?
この記事では、日常会話でもよく使われるこの言葉の意味や由来、似ているけれど微妙に違う類語について、分かりやすく解説します。
「泣きっ面に蜂」の意味
悪いことが起きている最中に、さらに別の悪いことが重なって起こることのたとえ。
不運や災難が連続して自分の身に降りかかる、救いようのない状況を指します。
- 泣きっ面(なきっつら):悲しいことや痛いことがあって泣いている顔。すでに弱っている状態。
- 蜂(はち):(その顔を)さらに蜂が刺すこと。追い打ちをかける災難。
ただでさえ泣くほど辛い状態なのに、そこに蜂に刺されるという「痛み」や「恐怖」が加わる、まさに「踏んだり蹴ったり」の様子を表しています。
「泣きっ面に蜂」の語源・由来
この言葉は、江戸時代に庶民の間で広まった「江戸いろはかるた」の「な」の札に採用されたことで定着しました。
由来となる特定の歴史的事件や物語があるわけではなく、「泣いている顔を蜂が刺す」という、誰もが想像できる「最悪な状況」を視覚的に切り取った表現だと考えられています。
当時のかるたの絵札には、涙を流している子供の顔に大きな蜂が止まっている様子が描かれ、その痛々しくも滑稽なインパクトから、不運が重なることの代名詞として広く使われるようになりました。
ちなみに、京都(上方)のいろはかるたで「な」にあたるのは「習わぬ経は読めぬ」(何事も修行しなければできるようにならない)であり、地域によって採用されていることわざが異なります。
「泣きっ面に蜂」の使い方・例文
主に、自分の身に起きた不運を嘆くときや、不運続きの人に対する同情を表すときに使います。
- 日常会話:些細なトラブルが重なったとき。
- ビジネス:トラブル対応中に別の問題が発生したとき。
例文
- 「急な雨に降られた上に、走ってきたバスにも乗り遅れてしまった。今日は朝から泣きっ面に蜂だ。」
- 「パソコンがフリーズした直後に、頼みの綱のスマホまで電池切れなんて、まさに泣きっ面に蜂だよ。」
- 「失恋して落ち込んでいる友人が、さらに財布まで落としたらしい。泣きっ面に蜂とはこのことだ。」
文学作品での使用例
明治・大正期の文学作品でも、登場人物の救われない状況を描写する際に見られます。
- 岡本綺堂の『虎』という作品では、大金を失った上に、その始末のためにさらに出費がかさんだ状況を指して「いわゆる泣きっ面に蜂」と表現されています。
「泣きっ面に蜂」の誤用・注意点
1. 「自業自得」とは少し違う
この言葉はあくまで「不運が重なる現象」を指します。最初の不幸が自分のミス(自業自得)であっても使えますが、単に「悪いことをしたら報いを受けた(因果応報)」という意味で使うのは不適切です。
あくまで「タイミング悪く重なった」という点に焦点があります。
2. 目上の人への使用
他人の不幸に対して使う場合、文脈によっては「ひどいありさまだ」と突き放したように聞こえることがあります。
目上の人がトラブルに見舞われている際は、「泣きっ面に蜂ですね」と言うよりも、「災難が重なって大変でしたね」と具体的な言葉で労わる方が無難でしょう。
「泣きっ面に蜂」の類義語
似た意味の言葉は多くありますが、それぞれニュアンスが異なります。
- 弱り目に祟り目(よわりめにたたりめ):
弱っている時に、さらに祟り(神仏の罰や災い)に遭うこと。「泣きっ面に蜂」とほぼ同じ意味で使われます。 - 一難去ってまた一難(いちなんさってまたいちなん):
一つの災難が終わってほっとしたのも束の間、すぐに次の災難が来ること。「同時進行」というよりは「連続する」ニュアンスが強い言葉です。 - 踏んだり蹴ったり(ふんだりけったり):
ひどい目に遭うこと。被害の甚大さや、理不尽に痛めつけられる様子を強調する場合に使います。 - 傷口に塩を塗る(きずぐちにしおをぬる):
悪い状況にある人に、さらに追い打ちをかけるような仕打ちをすること。自然発生的な不運というよりは、「人為的な意地悪や批判」に対して使われることが多いです。
「泣きっ面に蜂」の対義語
「悪いことが重なる」の反対、つまり「良いことが重なる」という意味の言葉です。
- 鴨が葱を背負って来る(かもがねぎをしょってくる):
好都合なことが重なること。鍋の具材(鴨)が、薬味(葱)まで持ってやってくるというユーモラスな表現です。 - 盆と正月が一緒に来たよう(ぼんとしょうがつがいっしょにきたよう):
非常に忙しいが、それ以上にとても賑やかで嬉しいことのたとえ。
「泣きっ面に蜂」の英語表現
英語でも「不運は重なるものだ」という共通の認識があります。
Misfortunes never come singly.
- 意味:「不幸は決して単独では来ない」
- 解説:日本の「泣きっ面に蜂」の訳として最も一般的に使われる格言です。
- 例文:
I lost my key and then missed the train. Misfortunes never come singly.
(鍵をなくした上に電車にも乗り遅れた。泣きっ面に蜂だ。)
When it rains, it pours.
- 直訳:雨が降れば、必ず土砂降りになる。
- 意味:「降ればどしゃ降り」
- 解説:悪いことが起こるときは、一度にまとめてやってくるという意味。アメリカでよく使われる表現です。
- 例文:
First the car broke down, then the roof started leaking. When it rains, it pours.
(車が壊れたと思ったら、今度は屋根が雨漏りしだした。泣きっ面に蜂だね。)
Add insult to injury.
- 直訳:怪我に侮辱を加える。
- 意味:「踏んだり蹴ったり」「傷口に塩を塗る」
- 解説:物理的な被害(Injury)に、精神的なダメージ(Insult)が加わること。
- 例文:
To add insult to injury, I was fined for being late.
(泣きっ面に蜂とはこのことで、遅刻の罰金まで取られた。)
「泣きっ面に蜂」に関する豆知識
「泣き面」か「泣きっ面」か?
本来の言葉の成り立ちからすれば「泣き面(なきつら)」ですが、口に出して言う時のリズムの良さ(促音便)から、現在では「泣きっ面(なきっつら)」と言うのが一般的です。
辞書でも両方の見出しが存在することが多いですが、どちらを使っても間違いではありません。
実は理にかなっている?「注意散漫」説
なぜ泣いている時に限って蜂に刺されるのでしょうか?
これには「心理的な隙(スキ)」が関係しているとも考えられます。
泣いている時や落ち込んでいる時は、涙で視界が悪くなったり、自分の内面の悲しみに意識が向いてしまい、周囲への注意がおろそかになりがちです。普段なら羽音に気づいて手で払ったり避けたりできる蜂も、泣いている最中は反応が遅れ、結果として刺されてしまう……。
「不運が重なる」というのは単なる偶然ではなく、「一つのトラブルで心が乱れると、次のミスや事故を招きやすい」という、人間の心理的弱さを突いた教訓なのかもしれません。
なぜ猛獣ではなく「蜂」なのか?
ことわざの中で、虎や熊ではなく、あえて小さな「蜂」が選ばれている点も興味深いポイントです。
猛獣に襲われるのは「命に関わる絶望的な悲劇」ですが、蜂に刺されるのは「死ぬほどではないが、飛び上がるほど痛くて情けない」という絶妙なラインです。このリアリティが、日常に潜む「ついてない状況」を表すのにぴったりだったのでしょう。
まとめ – 泣きっ面に蜂から学ぶ知恵
「泣きっ面に蜂」は、不運の連鎖を嘆く言葉です。
しかし、古くからこの言葉が定着しているということは、「悪いことは重なるものだ」というのが、昔も今も変わらない世の常であるとも言えます。
もし不運が続いても、「今はそういう時期なんだ」「これはよくある『泣きっ面に蜂』の状態だな」と客観的に捉えることで、必要以上に落ち込まずに済むかもしれません。
やまない雨がないように、蜂が去る日も必ずやってきます。






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