悪いことが重なって、「どうして今、こんなことまで…」と落ち込んだ経験はありませんか。
「弱り目に祟り目(よわりめにたたりめ)」は、まさにそのような不運が続く状況を指すことわざです。この言葉が持つ正確な意味、その背景にある考え方、そして似た言葉との違いなどを解説します。
「弱り目に祟り目」の意味・教訓
「弱り目に祟り目」とは、すでに不運な状況や困難な立場にある(=弱り目)ところに、さらに不幸な出来事(=祟り目)が重なることのたとえです。
この言葉は、二つの要素から成り立っています。
- 弱り目(よわりめ):気力や体力が弱っている状態。または、運が悪くなっている状況。
- 祟り目(たたりめ):「祟り(たたり)」によってもたらされる災難や不幸な目に遭うこと。
単に不運が続くというだけでなく、「まるで呪われているかのように」というニュアンスを含んでおり、どうにもならない不運の連鎖に対する嘆きや諦め、あるいは他者への同情を表す際に使われます。
「弱り目に祟り目」の語源
このことわざの明確な出典はありませんが、古くからの民間信仰や感覚に基づいています。
「弱り目」は弱っている状態や不運な状況、「祟り目」は神仏や怨霊などによる災い(祟り)を意味します。
ここで使われる「目」は、物理的な「眼」だけでなく、「ひどい目に遭う」のように「状況・境遇」を指す言葉です。
つまり、体が弱っていたり、運が悪かったりする時には、悪いもの(祟り)に取り憑かれやすく、さらにひどい災難が降りかかってしまう、という考え方が由来となっています。
「弱り目に祟り目」の使い方と例文
すでに悪い状況にある人や物が、さらなるトラブルに見舞われた時に使います。当事者が嘆きとして使うことも、周りの人が同情して使うこともあります。
例文
- 「財布を落とした上に、帰り道で急な豪雨にあうなんて、まさに弱り目に祟り目だ。」
- 「風邪を引いて仕事を休んだ日に、今度は子供が熱を出した。弱り目に祟り目とはこのことだ。」
- 「彼はプロジェクトの失敗で落ち込んでいるところに、車上荒らしにまで遭ったらしい。弱り目に祟り目で気の毒だ。」
- 「ただでさえ経営が苦しいのに、工場の火災まで起きてしまい、弱り目に祟り目の状態だ。」
類義語・関連語
「弱り目に祟り目」と似た「不運が重なる」意味を持つ言葉を紹介します。
- 泣きっ面に蜂(なきっつらにはち):
泣いている顔を、さらに蜂が刺すこと。不幸の上に不幸が重なることのたとえ。 - 踏んだり蹴ったり(ふんだりけったり):
(人に踏まれた上、さらに蹴られる意から)ひどい目に遭った上、さらにひどい仕打ちを受けること。 - 雪上加霜(せつじょうかそう):
雪の上に、さらに霜が降りること。難儀なことや不幸が重なることのたとえ。 - 一難去ってまた一難(いちなんさってまたいちなん):
一つの災難が過ぎ去ったかと思うと、すぐに次の災難がやってくること。
対義語
「弱り目に祟り目」(不運が重なる)とは正反対の、「幸運が重なる」または「良い状況が幸運を呼ぶ」ことを意味する言葉です。
- 笑う門には福来る(わらうかどにはふくきたる):
いつも笑顔でいる家には自然と幸福がやってくる。弱った状態がさらなる不運を招く「弱り目に祟り目」とは対照的な、良い状態が幸運を招くという点で対義的。 - 棚からぼたもち(たなからぼたもち):
思いがけない幸運が舞い込むこと。予期せぬ不運が重なる「弱り目に祟り目」とは正反対の状況。 - 二重の喜び(にじゅうのよろこび):
(ことわざではありませんが)喜びが重なることを表す一般的な表現。
英語での類似表現
「弱り目に祟り目」の「不運は重なるものだ」というニュアンスに近い英語表現です。
When it rains, it pours.
- 直訳:「雨が降る時は、いつも土砂降りだ。」
- 意味:「降るとなれば土砂降り」
- 解説:悪いことは、起こる時には立て続けに起こるものだ、という意味で使われる最も一般的な表現です。「弱り目に祟り目」や「泣きっ面に蜂」の英訳として最適です。
- 例文:
First I lost my keys, then my car broke down. When it rains, it pours.
(まず鍵を失くし、次に車が故障した。まさに弱り目に祟り目だ。)
Misfortunes never come singly.
- 意味:「不幸は決して単独ではやってこない。」
- 解説:これも「不幸は重なるものだ」という意味の、ことわざ的な表現です。
- 例文:
He lost his job and his wife left him in the same week. Misfortunes never come singly.
(彼は同じ週に仕事を失い、妻にも去られた。不幸は重なるものだ。)
まとめ – 弱り目に祟り目を乗り越える
「弱り目に祟り目」は、不運や困難が重なり、心が弱っている時に使われることわざです。
人生では、なぜか悪いことが続くように感じられる時期があるかもしれません。この言葉は、そんな時に「自分だけではない」というある種の共感や、「今はそういう時期だ」と状況を客観視するためにも使われてきました。
不運が続くと、「祟り」のように思えてしまうかもしれませんが、やまない雨はありません。まずは「弱り目」である心身の状態を立て直すことが、不運の連鎖を断ち切る第一歩になるかもしれませんね。







コメント