良いことがあったかと思えば、すぐに悪いことが起きる。逆に、不幸のどん底だと思っていたら、思いがけず幸運が舞い込む。
人生でそのような浮き沈みを経験したことはありませんか?
「禍福は糾える縄の如し(かふくはあざなえるなわのごとし)」は、まさにそのような人生の幸不幸と、その予測不可能性を表すことわざです。
この言葉が持つ深い意味や背景、そして現代における活かし方について解説します。
「禍福は糾える縄の如し」の意味・教訓
- 意味:
幸福(福)と不幸(禍)は、まるでより合わせた一本の縄のように、交互にやってくるものである、という意味です。 - 教訓:
この言葉は、人生は常に変化し、幸不幸は表裏一体であるという真理を示しています。
良いことがあっても油断してはならない、悪いことがあっても絶望する必要はない、という教訓を含んでいます。
「禍福は糾える縄の如し」の語源 – 中国の故事
このことわざは、中国前漢の時代の歴史書『史記』の「南越伝」にある故事に由来します。
南越(現在の中国南部からベトナム北部)の王が漢王朝に背こうとした際、丞相(大臣)の呂嘉(りょか)が王をいさめました。その時の「(禍と福は)まるで縄をなうように交互に来るものだ」という言葉が元になっています。
呂嘉は、漢との良好な関係を保つことが長期的な安定(福)につながると説きました。しかし王は聞き入れず、結果として国は滅び(禍)、呂嘉の言葉の正しさが証明されたのです。
この故事から、目先のことに一喜一憂せず、長期的な視点を持つことの重要性も読み取れます。
使用される場面と例文
人生において、良いことと悪いことが立て続けに起こったり、状況が大きく転換したりした際に使われます。
また、不幸な出来事に落ち込んでいる人を励ましたり、逆に幸運に浮かれている人を戒めたりする文脈でも用いられます。
例文
- 「あれほど順調だった事業が失敗し、「禍福は糾える縄の如し」を痛感している。」
- 「試合に負けて落ち込んでいたが、そのおかげで自分の弱点に気づけた。まさに「禍福は糾える縄の如し」だ。」
- 「宝くじに高額当選した彼が、その後トラブルに巻き込まれたと聞き、「禍福は糾える縄の如し」という言葉を思い出した。」
類義語・言い換え表現
- 人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま):
人生の幸不幸は予測できず、何が幸福で何が不幸かは後にならないと分からないというたとえ。
※「禍福は糾える縄の如し」が幸不幸の「循環」に焦点を当てるのに対し、こちらは幸不幸の「転換・予測不可能性」により重点を置いています。 - 沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり(しずむせあればうかぶせあり):
人生には悪い時もあれば、良い時もあるというたとえ。よりシンプルな表現です。 - 苦あれば楽あり(くあればらくあり):
苦しいことの後には、必ず楽しいことがあるという希望的観測を含む表現。
対義語
- 一喜一憂(いっきいちゆう):
状況が変わるたびに、喜んだり心配したりすること。
※幸不幸の循環を達観する「禍福は糾える縄の如し」に対し、目先の出来事に感情が揺れ動く様子を表します。 - 万事順調(ばんじじゅんちょう):
すべてが都合よく進んでいること。
※変化や浮き沈みを含む「禍福は糾える縄の如し」とは対照的に、一貫して良い状態が続くことを示します。
英語での類似表現
Good luck and bad luck alternate.
- 意味:「幸運と不運は交互にやってくる」。
- 「禍福は糾える縄の如し」の「交互に来る」という点を素直に表現した言い方です。
- 例文:
Don’t be too discouraged by this failure. Good luck and bad luck alternate.
(今回の失敗で落ち込みすぎないで。幸運と不運は交互に来るものだから。)
Fortune and misfortune are two buckets in a well.
- 意味:「幸運と不運は井戸の中の二つの桶」。
- 一方の桶が上がれば(幸運)、もう一方の桶は下がる(不運)という比喩で、幸不幸が入れ替わる様子を表します。
- 例文:
His life really shows that fortune and misfortune are two buckets in a well.
(彼の人生は、まさに幸運と不運が入れ替わるものだということを示している。)
「禍福は糾える縄の如し」に関する豆知識 – 「糾える(あざなえる)」とは?
このことわざで使われる「糾える(あざなえる)」は、現代ではあまり使われない言葉です。
これは「糾う(あざなう)」という動詞の連体形(名詞につながる形)で、「(細いものを)より合わせる、編む」という意味を持ちます。
つまり、「糾える縄」とは「より合わせて作られた一本の縄」のことです。
このことわざは、幸福(福)という縄と不幸(禍)という縄が、別々に存在するのではなく、一本の縄として複雑にからみ合いながら続いている様子を巧みに表現しているのです。
まとめ – 変化を受け入れる人生の知恵
「禍福は糾える縄の如し」は、人生の幸不幸が交互に訪れるという真理を、より合わされた縄にたとえて教えてくれます。
この言葉は、順調な時には謙虚さを保ち、困難な時には希望を失わないための「心の羅針盤」と言えるかもしれません。
目先の出来事に心を振り回されすぎず、長い目で物事を見ることの大切さを、このことわざは静かに示していますね。




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