メキシコの有名なことわざ30選|文化・知恵・人生観を学ぶ

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メキシコの有名なことわざ テーマ別まとめ

タコス、テキーラ、マリアッチ、そして「死者の日」。
陽気で情熱的なイメージのあるメキシコですが、その言葉にはアステカやマヤといった古代文明の知恵、スペイン統治の影響、そして困難な現実を笑い飛ばす独自の哲学が詰まっています。

「全ての悪にはメスカル(酒)を、全ての善にもまたメスカルを」。
こんな風に、人生のどんな場面も受け入れ、楽しんでしまおうとするメキシコの人々(メヒカーノ)。
今回は、そんな彼らの精神が宿る、日常会話で使える有名なメキシコのことわざ30選を、意味・由来・カタカナ読み付きで解説します。

【人生・運命】流れに身を任せる強さ

人生の浮き沈みや、避けられない運命(死)に対する、メキシコ独自の逞(たくま)しい価値観です。

眠ったエビは流れにさらわれる

Camarón que se duerme, se lo lleva la corriente.
(カマロン・ケ・セ・ドゥエルメ、セ・ロ・ジェバ・ラ・コリエンテ)

メキシコで最も有名なことわざの一つ。
川底でぼーっとしているエビは、水流に流されてしまう。
油断大敵」。ぼやぼやしているとチャンスを逃したり、トラブルに巻き込まれたりするという警告です。

死者は穴(墓)へ、生者は喜びへ

El muerto al pozo y el vivo al gozo.
(エル・ムエルト・アル・ポソ・イ・エル・ビボ・アル・ゴソ)

死んだ人はお墓へ行き、生きている人は人生を楽しむべきだ。
冷たいようですが、いつまでも悲しみに暮れているわけにはいかないという、生への強い肯定です。「死者の日」の国らしく、死をタブー視せず、現実を受け入れる力強さがあります。

あらゆる悪にはメスカルを、善にもまた然り

Para todo mal, mezcal; para todo bien, también.
(パラ・トド・マル・メスカル、パラ・トド・ビエン・タンビエン)

悪いことがあったらメスカル(テキーラの原型となった蒸留酒)を飲んで忘れよう。良いことがあったらメスカルを飲んで祝おう。
結局、どんな時でも飲む口実にするという、お酒好きのメキシコ人らしい陽気な哲学です。

手の中の一羽は、飛んでいる百羽に勝る

Más vale pájaro en mano que ciento volando.
(マス・バレ・パハロ・エン・マノ・ケ・シエント・ボランド)

明日の百より今日の五十
不確実な未来の大きな利益(空の百羽)よりも、確実な現在の小さな利益(手の一羽)の方が価値がある。夢ばかり追わず、現実を見ろという教えです。

悪から善が生じないことはない

No hay mal que por bien no venga.
(ノ・アイ・マル・ケ・ポル・ビエン・ノ・ベンガ)

人間万事塞翁が馬
どんなに悪い出来事にも、必ず何かしらの良い側面や、後の幸運につながるきっかけがある。
失敗や不運に直面した人を励ます、ポジティブな言葉です。

早く起きても、夜明けは早くならない

No por mucho madrugar amanece más temprano.
(ノ・ポル・ムチョ・マドゥルガル・アマネセ・マス・テンプラノ)

果報は寝て待て」のニュアンス。
いくら焦って早起きしても、太陽が昇る時間は変えられない。
物事には適切なタイミングがあり、無理に急いでも結果は変わらないのだから、落ち着いて待ちなさいという教えです。

水を飲まないなら、流しておけ

Agua que no has de beber, déjala correr.
(アグア・ケ・ノ・アス・デ・ベベール、デハラ・コレール)

自分が飲むつもりのない水なら、せき止めずに流してやりなさい。
自分に関係のないことや、責任を持てない問題には、余計な口出しや干渉をするなという処世術です。恋愛で「気がないなら思わせぶりな態度をとるな」という意味でも使われます。

ノパル(サボテン)を見に行くのは、実がある時だけ

Al nopal lo van a ver sólo cuando tiene tunas.
(アル・ノパル・ロ・バン・ア・ベール・ソロ・クアンド・ティエネ・トゥナス)

ノパル(ウチワサボテン)はメキシコの国民食ですが、トゲがあります。
人々が近づくのは、美味しい実(トゥナ)がなっている時だけ。
つまり、人は自分に利益がある時だけすり寄ってくるという、人間関係の現金さを皮肉った言葉です。

通りのランプ、家の暗闇

Candil de la calle, oscuridad de su casa.
(カンディル・デ・ラ・カジェ、オスクリダ・デ・ス・カサ)

内弁慶」の逆バージョン、「外弁慶」。
外ではランプのように明るく愛想が良いが、家の中では暗く不機嫌(あるいは家庭を顧みない)であること。家族を大切にするメキシコでは、批判的な意味で使われます。

生まれつきのインコは、どこでも緑

El que es perico, dondequiera es verde.
(エル・ケ・エス・ペリコ・ドンデキエラ・エス・ベルデ)

インコがどこへ行っても緑色であるように、才能や実力がある人は、どんな場所や環境でもその能力を発揮できる。
弘法筆を選ばず」に近い、自信と実力を称える言葉です。
(逆に「バカはどこに行ってもバカ」という皮肉で使われることもあります)

【食・生活】タコスとチレの辛口な知恵

メキシコの食卓に欠かせない食材を使った、ユニークでピリッと辛い表現です。

パンがないならトルティーヤ(があるさ)

A falta de pan, tortillas.
(ア・ファルタ・デ・パン・トルティージャス)

欲しいもの(パン)が手に入らなくても、代わりのもの(トルティーヤ)でなんとかすればいい。
無い物ねだりをせず、今あるもので工夫して満足しようという、柔軟でポジティブな精神です。

ランチには「モレ・デ・オジャ」を!

A darle que es mole de olla.
(ア・ダールレ・ケ・エス・モレ・デ・オジャ)

「モレ・デ・オジャ」はメキシコの美味しい煮込み料理。
「さあ、ご馳走だぞ!(さあ、やるぞ!)」という意味で、仕事を始める時や、チャンスが目の前にある時に、気合を入れる掛け声として使われます。

舌だけでタコスを食べる

De lengua me como un taco.
(デ・レングア・メ・コモ・ウン・タコ)

「舌(おしゃべり)」だけでタコスを一つ平らげる。
つまり、口先だけで行動が伴わないこと。自慢話ばかりする人や、信用できない約束をする人に対して、「はいはい、口だけだね」とあしらう時に使います。

自分のタコスにクリームを塗りすぎ

Echarle mucha crema a sus tacos.
(エチャルレ・ムチャ・クレマ・ア・スス・タコス)

タコスにクリームをたっぷり塗るように、自分の手柄や話を「盛る」。
自画自賛したり、話を大げさにしたりする人へのツッコミです。「アイツ、またタコスにクリーム塗りすぎだよな(自慢しすぎだよな)」のように使います。

色のつかないチョコレートは薄い

Chocolate que no tiñe, claro está.
(チョコラテ・ケ・ノ・ティニェ・クラロ・エスタ)

チョコレート発祥の地メキシコならでは。
色が薄くてカップに色がつかないようなココアは、薄くて偽物だ(はっきりしている)。
物事の白黒をはっきりさせるべきだ、あるいは「中身のないものはすぐわかる」という意味で使われます。

スープよりブイヨン(だし)の方が高くつく

Cuesta más caro el caldo que las albóndigas.
(クエスタ・マス・カロ・エル・カルド・ケ・ラス・アルボンディガス)

メインの肉団子(アルボンディガス)よりも、ただのスープ(カルド)の方が高い。
安物を修理しようとして新品を買うより高くついたり、準備に手間取りすぎて本番が疎かになったりする、「本末転倒」な状況を指します。

ハンガー(空腹)と「食べたい」が一緒になった

Se juntó el hambre con las ganas de comer.
(セ・フント・エル・アンブレ・コン・ラス・ガナス・デ・コメール)

「空腹」という状況と、「食べたい」という欲求が合致した。
二つの要素が(良くも悪くも)ぴったり重なること。特に、似た者同士が意気投合したり、悪い状況に悪いタイミングが重なったりした時に使われます。

皿から口へ運ぶ間に、スープは落ちる

Del plato a la boca se cae la sopa.
(デル・プラト・ア・ラ・ボカ・セ・カエ・ラ・ソパ)

スプーンですくって口に入れるその瞬間まで、スープはこぼれる可能性がある。
好事魔多し」。最後の最後まで何が起こるかわからないので、油断してはいけないという戒めです。

【人間関係・社会】鋭い洞察と皮肉

社会のヒエラルキーや、人間の本性を見抜く鋭い言葉たちです。

オオカミと歩む者は、遠吠えを覚える

El que con lobos anda, a aullar se enseña.
(エル・ケ・コン・ロボス・アンダ・ア・アウジャル・セ・エンセニャ)

朱に交われば赤くなる
悪い仲間(オオカミ)と付き合っていると、自分も知らず知らずのうちに悪い習慣(遠吠え)を身につけてしまう。付き合う相手は選べという教えです。

船長が命じる所、水夫は支配せず

Donde manda capitán, no gobierna marinero.
(ドンデ・マンダ・カピタン・ノ・ゴビエルナ・マリネロ)

トップ(船長)が決めたことに、部下(水夫)は口出しできない。
組織における上下関係の絶対性を示す言葉です。責任者がいる場所では、その指示に従うのがルールだということを思い出させる時に使います。

悪い草は決して枯れない

Hierba mala nunca muere.
(イエルバ・マラ・ヌンカ・ムエレ)

憎まれっ子世にはばかる」。
雑草(悪い草)は抜いても抜いても生えてくる。
悪人や厄介な問題ほどしぶとく、なかなか消えてくれないという、世の中の理不尽さを嘆く(あるいは笑い飛ばす)言葉です。

騒音ばかりで、クルミは少し

Mucho ruido y pocas nueces.
(ムチョ・ルイド・イ・ポカス・ヌエセス)

大山鳴動して鼠一匹
騒ぎ立てる音(評判や宣伝)ばかり大きくて、実際に割ってみたら中身のクルミは少ししかなかった。
口先だけの人や、期待外れだったイベントなどに使われます。

猿が絹を着ても、猿は猿のまま

Aunque la mona se vista de seda, mona se queda.
(アウンケ・ラ・モナ・セ・ビスタ・デ・セダ・モナ・セ・ケダ)

馬子にも衣装」の逆の意味。
どんなに高価な服(絹)を着飾っても、中身が伴っていなければ本質(猿)は変わらない。
見栄っ張りや、成金趣味を強烈に皮肉る言葉です。

何を自慢するか言えば、何が欠けているか言おう

Dime de qué presumes y te diré de qué careces.
(ディメ・デ・ケ・プレスムス・イ・テ・ディレ・デ・ケ・カレセス)

「自分はお金持ちだ」と自慢する人は、実はお金にコンプレックスがあるのかもしれない。
人が必死に自慢することは、実はその人が一番自信のない部分(欠けているもの)の裏返しであることが多いという、鋭い心理分析です。

靴屋よ、靴のことだけ(考えろ)

Zapatero, a tus zapatos.
(サパテロ・ア・トゥス・サパトス)

餅は餅屋
靴屋は靴の修理に専念すべきで、他人の仕事に口出しすべきではない。
専門外のことに首を突っ込む人に対して、「自分の領分を守れ」と忠告する言葉です。

ヒキガエルによって、石投げも変わる

Según el sapo la pedrada.
(セグン・エル・サポ・ラ・ペドラダ)

大きなヒキガエルには大きな石を、小さなヒキガエルには小さな石を。
相手の大きさや状況(ランク)によって、対応(石の投げ方=賄賂の額や待遇など)を変えるべきだという、世渡り上手な、あるいは少しずる賢い処世術です。
臨機応変」に対応せよという意味でも使われます。

通夜は見に行くもの、祭りは楽しむもの

A ver a un velorio y a divertirse a un fandango.
(ア・ベール・ア・ウン・ベロリオ・イ・ア・ディベルティルセ・ア・ウン・ファンダンゴ)

場所や状況には、それにふさわしい振る舞いがある。
悲しい場所では静かに、楽しい場所では思い切り楽しめ。TPOをわきまえることの大切さと、楽しむ時は全力で楽しむメキシコ人の気質を表しています。

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