親日国であり、東西文化の十字路であるトルコ。
そのことわざには、イスラム教の教えに基づく精神性と、遊牧民やオスマン帝国の歴史から受け継がれた現実的な知恵が融合しています。
「一杯のコーヒーには40年の思い出がある」。
トルココーヒーのように濃厚で、心に染み渡るような人間関係の温かさと、時にピリリと辛い人生の教訓。
今回は、トルコ語学習者はもちろん、トルコ文化に興味がある方に向けて、日常会話でも使える有名なトルコのことわざ30選を、意味・由来・カタカナ読み付きで解説します。
【人間関係・おもてなし】一杯のコーヒーと隣人の絆
トルコ文化において、家族や隣人(コムシュ)、そして客人(ミサフィル)は宝物です。
一杯のコーヒーには、40年の思い出がある
Bir fincan kahvenin kırk yıl hatırı vardır.
(ビル・フィンジャン・カフヴェニン・クルク・ユル・ハトゥル・ヴァルドゥル)
たった一杯のコーヒーをご馳走になっただけでも、その恩義や感謝の気持ちは40年(一生)忘れない。
トルココーヒー文化とおもてなしの心(ミサフィルペルヴェルリキ)を象徴する、最も美しいことわざの一つです。
家を買うな、隣人を買え
Ev alma, komşu al.
(エヴ・アルマ・コムシュ・アル)
「遠くの親戚より近くの他人」
家そのものの価値よりも、どんな隣人が住んでいるかの方が重要だ。
「コムシュルック(隣人付き合い)」を何よりも大切にするトルコ社会の住まい選びの鉄則です。
隣人は隣人の灰を必要とする
Komşu komşunun külüne muhtaçtır.
(コムシュ・コムシュヌン・クリュネ・ムフタッチトゥル)
隣人同士は、かまどの灰(かつては洗剤代わりだった)のようなつまらないものでさえ貸し借りし、助け合う必要がある。
どんなに小さなことでも頼り合える関係こそが、生活を支える基盤だという教えです。
甘い言葉は、蛇を穴から出す
Tatlı dil yılanı deliğinden çıkarır.
(タトゥル・ディル・ユラヌ・デリインデン・チュカルル)
「柔よく剛を制す」
優しい言葉や穏やかな態度は、あの恐ろしい蛇でさえ穴から誘い出すことができる。
頑固な人や敵対的な相手を説得するには、強硬な態度よりも「甘い言葉(タトゥル・ディル)」が効果的だという処世術です。
客人は期待したものではなく、見つけたものを食べる
Misafir umduğunu değil bulduğunu yer.
(ミサフィル・ウムドゥウヌ・デイリ・ブルドゥウヌ・イェル)
客として招かれたら、過度な期待をせず、出されたものを感謝していただくのが礼儀である。また迎える側も、見栄を張らずにありあわせのもので精一杯もてなせば良い。
お互いの負担を減らし、気兼ねなく付き合うための知恵です。
どの雄鶏も自分のゴミ溜めで鳴く
Her horoz kendi çöplüğünde öter.
(ヘル・ホロズ・ケンディ・チョプリュウンデ・オテル)
「内弁慶」。
人は自分の縄張りや慣れ親しんだ場所(ゴミ溜め)では威張るが、外に出ると小さくなる。
自分のテリトリーだけで大きな顔をしている人を揶揄する時に使われます。
言葉が言葉を開く(話が弾む)
Laf lafı açar.
(ラフ・ラフ・アチャル)
一つの話題が次の話題を呼び、会話がどんどん広がっていく様子。
おしゃべり好きなトルコ人たちが、チャイ(紅茶)を片手に何時間も語り合う光景が目に浮かぶ言葉です。
ブドウはブドウを見ながら黒くなる
Üzüm üzüme baka baka kararır.
(ウズム・ウズメ・バカ・バカ・カラルル)
「朱に交われば赤くなる」、「類は友を呼ぶ」
ブドウが一粒色づくと、隣のブドウもそれを見て色づくように、人は友人の影響を受けて似てくる(良くも悪くも)。
交友関係の大切さを説く、親しみやすい比喩です。
独身はスルタン(王様)の暮らし
Bekarlık sultanlıktır.
(ベキャルルク・スルタンルクトゥル)
「独身貴族」。
結婚していないことは、誰にも縛られず自由気ままな王様(スルタン)のようなものだ。
結婚の責任や束縛を嘆く既婚者が、独身者を羨んで(あるいは独身者が自分を慰めて)使う言葉です。
【人生・教訓】イスラムの教えと現実
神(アッラー)への信頼と、現実世界での努力や因果応報を説く言葉です。
善行は海に投げよ、魚が知らずとも創造主(ハールク)は知る
İyilik yap denize at, balık bilmezse Halik bilir.
(イイリク・ヤプ・デニゼ・アト・バルク・ビルメズセ・ハーリク・ビリル)
「陰徳あれば陽報あり」
良い行いをして、それを海に投げ捨てなさい(見返りを求めるな)。たとえ魚(相手)が気づかなくても、神様はすべて見ていらっしゃる。
無私の善行を説く、イスラム的価値観の強い言葉です。
嘘つきの蝋燭は、夜の礼拝(ヤツゥ)まで
Yalancının mumu yatsıya kadar yanar.
(ヤランジュヌン・ムム・ヤツゥヤ・カダル・ヤナル)
「嘘は長続きしない」
「ヤツゥ」は1日5回の礼拝の最後、就寝前のお祈りです。嘘つきが灯した明かりは一晩も持たず、すぐに消えてバレてしまうという戒めです。
風を蒔く者は、嵐を刈り取る
Rüzgar eken fırtına biçer.
(リュズギャル・エケン・フルトゥナ・ビチェル)
「因果応報」、「自業自得」
小さな悪事(風)の種を蒔けば、やがてそれは大きな災い(嵐)となって自分に返ってくる。
自分の行いには責任を持てという、厳しい警告です。
苦労なくして、慈悲(ラフメット)なし
Zahmetsiz rahmet olmaz.
(ザフメットシズ・ラフメット・オルマズ)
「苦あれば楽あり」
努力や苦労(ザフメット)なしには、神の恵み(ラフメット)や良い結果は得られない。
韻を踏んだリズミカルな表現で、努力の必要性を説いています。
足を布団に合わせて伸ばせ
Ayağını yorganına göre uzat.
(アヤウヌ・ヨルガヌナ・ギョレ・ウザト)
「身の丈に合った生活をせよ」。
布団からはみ出すほど足を伸ばせば風邪を引くように、自分の収入や能力を超えた贅沢や無理をすれば痛い目を見る。
堅実な生活を促す、生活の知恵です。
考えることは千、話すことは一
Bin düşün, bir söyle.
(ビン・ドゥシュン・ビル・ソイレン)
「口は災いの元」
千回考えてから、一言話しなさい。
言葉の重みを理解し、軽率な発言を慎むべきだという教えです。
怒りで立つ者は、損失と共に座る
Öfkeyle kalkan zararla oturur.
(オフケイ・レ・カルカン・ザラル・ラ・オトゥルル)
「短気は損気」
カッとなって立ち上がった(行動した)人は、結局は損をして座り込む(後悔する)ことになる。
アンガーマネジメントの重要性を説く、普遍的な真理です。
蝋燭は自分の足元を照らさない
Mum dibine ışık vermez.
(ムム・ディビネ・ウシュク・ヴェルメズ)
「灯台下暗し」
他人のために尽くす人や、立派なアドバイスをする人が、自分自身や身近な家族のことはおろそかにしている状況を指します。
【努力・経験】鉄と木と滴
自然現象や物質の性質から学ぶ、成長と努力の法則です。
働く鉄は輝く(錆びない)
İşleyen demir ışıldar.
(イシュレエン・デミル・ウシュルダル)
「流水腐らず」。
使われている農具や道具がピカピカに光るように、常に働き、活動している人は能力が衰えず、輝いている。
勤勉さを称賛する言葉です。
滴(しずく)が滴りて、湖となる
Damlaya damlaya göl olur.
(ダムラヤ・ダムラヤ・ギョル・オルル)
塵も積もれば山となる、雨垂れ石を穿つ。
ほんの小さな滴でも、積もり積もれば湖になる。
貯金や勉強など、コツコツとした積み重ねの大切さを説く、トルコで最も有名なことわざの一つです。
若いうちに木は曲がる
Ağaç yaşken eğilir.
(アーチ・ヤシュケン・エイリル)
「鉄は熱いうちに打て」、「三つ子の魂百まで」
木は若くて柔らかいうちなら矯正できるが、老木になれば折れてしまう。
教育やしつけは、子供のうちに行うのが最良だという教えです。
藁(わら)を蓄えよ、時が来る
Sakla samanı, gelir zamanı.
(サクラ・サマヌ・ゲリル・ザマヌ)
「備えあれば憂いなし」
今は不要に見える藁くずでも、捨てずにとっておけば、いつか必ず役に立つ時が来る。
物を大切にし、将来に備える倹約の精神です。
空のブリキ缶は大きな音を立てる
Boş teneke çok ses çıkarır.
(ボシュ・テネケ・チョク・セス・チュカルル)
「能ある鷹は爪を隠す」の逆。
中身のない人間ほど、よく喋り、大きな声で自己主張をする。
知識や実力のある人は、むやみに騒ぎ立てないものです。
【食・生活】命は喉から
トルコ料理の豊かさと、食に対する情熱が垣間見える言葉です。
命は喉から来る
Can boğazdan gelir.
(ジャン・ボアズダン・ゲリル)
「腹が減っては戦ができぬ」
元気や生命力(ジャン)は、喉(ボアズ=食べ物)を通ってやってくる。
しっかり食べてこそ健康でいられるという、食を何より大切にするトルコ人らしい言葉です。
安い肉の煮込みは味気ない
Ucuz etin yahnisi yavan olur.
(ウジュズ・エティン・ヤフニシ・ヤヴァン・オルル)
「安物買いの銭失い」
安い肉で作ったシチュー(ヤフニ)は、やっぱり美味しくない。
良い結果を得るには、それ相応のコストや対価が必要だという教訓です。
浜(公衆浴場)に入る者は汗をかく
Hamama giren terler.
(ハママ・ギレン・テルレル)
「乗りかかった船」
ハマム(トルコ風呂)に入ったら汗をかくのは当たり前。
ある仕事や状況に足を踏み入れたなら、それに伴う苦労や出費は覚悟しなければならないという意味です。
まとめ
トルコのことわざは、アジア的な「義理人情」と、イスラム的な「信仰心」、そして西洋的な「合理性」が絶妙にブレンドされています。
「Bir fincan kahvenin kırk yıl hatırı vardır.(一杯のコーヒーに40年の思い出)」
この言葉が示すように、トルコの人々は一度結んだ縁をとても大切にします。
チャイやコーヒーを飲みながら、ゆっくりと語り合う。そんな温かい人間関係の秘訣が、これらの言葉には詰まっています。








コメント