7,000以上の島々からなるフィリピン。
その公用語の一つであるタガログ語(フィリピノ語)には、「ことわざ(Salawikain:サラウィカイン)」が数多く伝わっています。
人生の浮き沈み、努力と備え、人付き合い、信仰にかかわるものまで。
フィリピンの有名なことわざ27選を、原文・カタカナ読み付きで解説します。
フィリピンのことわざの特徴
この記事で取り上げるフィリピンのことわざには、次のような特徴が見られます。
- 家族と共同体(バヤニハン):
「小指の痛みは、体全体で感じる」「箒が丈夫なのは、束ねられているから」のように、家族や仲間の結びつきを説く言葉があります。 - 信仰と現実主義:
「慈悲は神にあり、行いは人にある」のように、神への信頼と自分の努力を対にして説く言葉があります。 - 食と自然の比喩:
毎日の食事(パンやシチュー)や、身近な動植物(猿、馬、草)を使った、庶民的で親しみやすい比喩が特徴です。 - 韻を踏むリズム:
タガログ語のことわざは、詩のように美しく韻を踏んでいるものが多く、口ずさみやすく記憶に残りやすい形式になっています。
【人生・運命】浮き沈みを乗り越える知恵
人生の良い時も悪い時も、しなやかに受け止めるための教訓です。
人生は車輪のようなもの
Ang buhay ay parang gulong, minsan nasa ibabaw, minsan nasa ilalim.
(アン・ブハイ・アイ・パラン・グロン、ミンサン・ナサ・イババウ、ミンサン・ナサ・イラリム)
人生を回転する車輪にたとえた、フィリピンで最も有名なことわざの一つです。
今は下にいて辛くても、車輪が回れば次は上に行く(良い時が来る)。
逆に、今が良くても驕ってはいけないという意味です。
日本の人間万事塞翁が馬や「七転び八起き」に通じる、希望と戒めの言葉です。
毛布が短いなら、体を丸めることを学べ
Habang maikli ang kumot, matutong mamaluktot.
(ハバン・マイクリ・アン・クモット、マトゥトン・ママルクトット)
貧しい時や困難な状況では、不平を言うのではなく、その環境に適応して我慢する知恵を持てという教えです。
足るを知る精神や、柔軟な適応力を説いています。
無い袖は振れぬの状況での処世術です。
どんなに賢い猿でも騙される
Matalino man ang matsing, napaglalalangan din.
(マタリノ・マン・アン・マッチング、ナパグララランガン・ディン)
どんなに賢い者でも、人に出し抜かれることがあるという意味です。
達人でも失敗することを言う猿も木から落ちるや弘法にも筆の誤りに通じます。
人になるのは易し、人らしく生きるは難し
Madaling maging tao, mahirap magpakatao.
(マダリン・マギン・タオ、マヒラップ・マグパカタオ)
生物学的な「人間(タオ)」として生まれることは簡単だが、道徳心や尊厳を持った「人間らしい振る舞い(パグパカタオ)」をするのは難しい。
人格者であることの重要性を説く、深い倫理的な教訓です。
寝たふりをしている人を起こすのは難しい
Mahirap gisingin ang nagtutulug-tulugan.
(マヒラップ・ギシギン・アン・ナグトゥトゥルグ・トゥルガン)
本当に寝ている人なら揺すり起こせますが、寝たふりをしている(起きる気がない)人は起こせません。
真実を知っていながら目を背けている人や、聞く耳を持たない人を説得することの徒労感を表しています。
馬の耳に念仏に近いニュアンスです。
空から降る石、当たっても怒るな
Batu-bato sa langit, ang tamaan huwag magagalit.
(バトバト・サ・ランギット、アン・タマアン・フワグ・マガガリット)
誰か特定の人に向けたわけではない一般的な批判や噂話を聞いて、「自分のことだ!」と怒り出すのは、自分にやましいことがある証拠だという意味。
過剰反応する人を揶揄する際によく使われます。
遅れても、良いものは間に合う
Huli man daw at magaling, naihahabol din.
(フリ・マン・ダウ・アット・マガリン、ナイハハボル・ディン)
スタートが遅れても、あるいは到着が遅くなっても、その成果や質が素晴らしければ取り返しがつく。
時間はかかっても、最終的に良い結果を出せば評価されるという、大器晩成や「Better late than never」の精神です。
【努力・仕事】ご馳走を手にするために
勤勉さと忍耐、日ごろの備えを説くことわざです。
忍耐あれば、ご馳走(ニラガ)あり
Pag may tiyaga, may nilaga.
(パグ・マイ・チャガ・マイ・ニラガ)
非常に有名でリズミカルなことわざです。
「ニラガ」は牛肉と野菜を煮込んだフィリピンの家庭料理(ご馳走)。
辛抱強く努力を続ければ、必ず美味しいご褒美や成果が得られるという意味です。
石の上にも三年に通じる言葉です。
しまい込んでおけば、取り出すものがある
Kung may isinuksok, may madudukot.
(クン・マイ・イシヌクソク、マイ・マドゥドゥコット)
余裕がある時に少しずつ貯金や準備(しまい込むこと)をしておけば、いざという困った時にそれを使う(取り出す)ことができる。
備えあれば憂いなし。
倹約と貯蓄の教えです。
忍耐をもってすれば、難しい仕事はない
Walang mahirap na gawa ‘pag dinaan sa tiyaga.
(ワラン・マヒラップ・ナ・ガワ・パグ・ディナアン・サ・チャガ)
どんなに困難に見える仕事でも、根気強く取り組めば必ず達成できる。
雨垂れ石を穿つのように、継続する努力の力を強調しています。
恵みを使い果たし、後は呆然
Ubos-ubos biyaya, pagkatapos nakatunganga.
(ウボスウボス・ビヤヤ、パグカタポス・ナカトゥンガガ)
お金が入った時に、後先考えずにすべて使い切ってしまい、その後で呆然と立ち尽くす様子。
計画性のない浪費癖を戒める言葉です。
後の祭りに近い状況を表します。
貧しさは成功の妨げではない
Ang karukhaan ay hindi hadlang sa tagumpay.
(アン・カルクハアン・アイ・ヒンディ・ハドラン・サ・タグンパイ)
貧しい家庭に生まれても、教育や努力によって成功することは可能だという強い励ましの言葉です。
機敏な者は、勤勉な者に勝る
Daig ng maagap ang masipag.
(ダイグ・ナン・マアガップ・アン・マシパッグ)
ただ真面目に働くだけでなく、チャンスを素早く掴む「機敏さ(maagap)」や「要領の良さ」が成功には不可欠だということ。
先んずれば人を制す。
【人間関係・共同体】絆と調和
家族や友人、周りの人との関わり方についての教えです。
小指の痛みは、体全体で感じる
Ang sakit ng kalingkingan, damdam ng buong katawan.
(アン・サキット・ナン・カリンキンガン、ダムダム・ナン・ブオン・カタワン)
家族や共同体の一人が苦しんでいれば、それは全員の苦しみである。
「一蓮托生」に通じ、困っている人を放っておかないことを説く言葉です。
目の前では称賛、背中では悪口
Puri sa harap, sa likod paglibak.
(プリ・サ・ハラップ、サ・リコッド・パグリバック)
面従腹背。
表向きはニコニコして褒めているが、いないところでは陰口を叩くような、裏表のある信用できない人を指します。
石を投げられたら、パンを投げ返せ
Kung pukulin ka ng bato, tinapay ang iganti mo.
(クン・プクリン・カ・ナン・バト、ティナパイ・アン・イガンティ・モ)
誰かに傷つけられても、復讐するのではなく、優しさと寛容さ(パン)で応えなさいという教え。
キリスト教の「汝の敵を愛せよ」に通じる考え方です。
真の友は、苦難の時にわかる
Ang tunay na kaibigan, nakikilala sa kagipitan.
(アン・トゥナイ・ナ・カイビガン、ナキキララ・サ・カギピタン)
お金がある時や楽しい時だけでなく、本当にお金がなくて困っている時に助けてくれる人こそが、本当の友達だ。
「まさかの時の友こそ真の友」です。
箒(ほうき)が丈夫なのは、束ねられているから
Matibay ang walis, palibhasa’y magkabigkis.
(マティバイ・アン・ワリス、パリバサ・アイ・マグカビグキス)
フィリピンの伝統的な箒(ワリス・ティンティン)は、ヤシの葉脈を束ねて作ります。
一本ではすぐに折れてしまいますが、束ねると強くしなやかになります。
「三本の矢」と同様、団結することの強さを説いています。
自分がされたいことを、人にもせよ
Gawin mo sa kapwa mo ang nais mong gawin nila sa iyo.
(ガウィン・モ・サ・カプワ・モ、アン・ナイス・モン・ガウィン・ニラ・サ・イヨ)
いわゆる「黄金律」。
自分がされて嫌なことは人にするな、自分がしてほしいことを人にしなさいという、人間関係の基本原則です。
【行動・原因】行いと因果をめぐる教え
過去への敬意や、物事の因果関係についての洞察です。
馬が死んでから草があっても役に立たない
Aanhin pa ang damo kung patay na ang kabayo?
(アアニン・パ・アン・ダモ、クン・パタイ・ナ・アン・カバヨ)
助けが必要なのは「今」であり、手遅れになってから援助や解決策が来ても意味がない。
後の祭りや「泥棒を捕らえて縄を綯う」のような事態への警告です。
支援や行動はタイミングが命であることを教えてくれます。
自分の来た道を振り返らぬ者は、目的地に着けない
Ang hindi lumingon sa pinanggalingan, hindi makakarating sa paroroonan.
(アン・ヒンディ・ルミゴン・サ・ピナンガリンガン、ヒンディ・マカカラティング・サ・パロロオナン)
フィリピンの国民的英雄ホセ・リサールの言葉として広く知られていますが、もともとはタガログ語の伝統的なことわざ(サラウィカイン)で、リサール自身の著作に確認できるわけではありません。
故郷や親、恩人など自分のルーツを忘れた人は、人生の成功(目的地)にたどり着けないという意味です。
謙虚さと感謝を忘れないための戒めです。
木がそうなら、実もそうなる
Kung ano ang puno, siya ang bunga.
(クン・アノ・アン・プノ、シヤ・アン・ブンガ)
「蛙の子は蛙」「瓜の蔓に茄子はならぬ」。
原因があれば結果があり、親を見れば子もわかる。
物事の根源や出自が結果に反映されるという因果の法則です。
追い詰められた人は、刃(やいば)にもしがみつく
Ang taong nagigipit, sa patalim kumakapit.
(アン・タオン・ナギギピット、サ・パタリム・クマカピット)
窮鼠猫を噛むや背に腹はかえられぬ。
絶体絶命の状況に陥った人間は、危険な手段(鋭い刃物)であっても、生き残るために掴まざるを得ない。
その手段がかえって身を追い詰めることもある、という含みで使われます。
何をするにも、七回考えよ
Ano man ang gagawin, makapitong isipin.
(アノ・マン・アン・ガガウィン、マカピトン・イシピン)
石橋を叩いて渡る。
行動を起こす前に、十分に時間をかけて慎重に検討しなさいという教え。
「七回」という数字が、熟慮の重要性を強調しています。
【信仰・心構え】神への信頼と自立
神と人との関係や、運命の受け止め方を言うことわざです。
慈悲は神にあり、行いは人にある
Nasa Diyos ang awa, nasa tao ang gawa.
(ナサ・ディヨス・アン・アワ、ナサ・タオ・アン・ガワ)
祈るだけで何も行動しない人を戒める言葉です。
神様は慈悲深いけれど、実際に奇跡を起こしたり状況を変えたりするためには、人間自身の努力(行い)が必要不可欠だ。
人事を尽くして天命を待つの積極的な解釈です。
自分のものでなければ、コブにはならない(実らない)
Kung hindi ukol, hindi bubukol.
(クン・ヒンディ・ウコル、ヒンディ・ブブコル)
韻を踏んだ表現で、「もし運命づけられていないなら、腫れ上がらない(実現しない)」。
どんなに望んでも、縁がないものは手に入らない。
逆に言えば、起こるべきことは自然に起こるという、運命を受け入れる潔い諦観を表します。
熱いコーヒーの前では、硬いパンはない
Walang matigas na tinapay sa mainit na kape.
(ワラン・マティガス・ナ・ティナパイ・サ・マイニット・ナ・カペ)
硬いパンも熱いコーヒーに浸せば柔らかくなるように、どんなに強い人にも弱いところがあるというたとえです。
強く見える人でも、状況しだいで弱さが表に出ることを言います。
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