「あの人は立派な家を建てる名大工なのに、自分の家は驚くほど質素な掘っ立て小屋らしい」
そんな、専門家が持つ優れた技術と、その人自身の私生活とのアンバランスな話を聞いたことはありませんか?
「大工の掘っ建て(だいくのほったて)」は、まさにそのような、専門家が自分自身のことを後回しにしてしまう皮肉な状況を指すことわざです。
「大工の掘っ建て」の意味・教訓
「大工の掘っ建て」とは、「他人のためには立派な家を建てる大工が、自分自身は粗末な掘っ建て小屋に住んでいる」という意味です。
これが転じて、「専門家が、他人のためにはその優れた技術や知識を存分に使う一方で、自分自身のこととなると全く手が回らず、おろそかになっている」という状況のたとえとして使われます。
この言葉は、「医者の不養生」などと同じく、専門家が自分自身のことを後回しにしがちな状況を、ユーモラスかつ皮肉を込めて表現しています。
「大工の掘っ建て」の語源
このことわざは、言葉通りの情景に由来します。
- 大工(だいく):家を建てる職人。
- 掘っ建て(ほったて):「掘っ建て小屋(ほったてごや)」のこと。地面に直接柱を立てて作る、簡素で粗末な建物を指します。
他人のためには芸術品のような家を建てる腕の良い大工が、自分自身の住まいには全く構わず、簡素な掘っ建て小屋で暮らしている。この分かりやすい対比(コントラスト)から、このことわざが生まれました。
使用される場面と例文
「大工の掘っ建て」は、ある分野のプロフェッショナルが、クライアントワーク(他人のための仕事)に追われ、自分自身のことにその技術や能力を活かせていない状況を指して使われます。
例文
- 「彼は有名なWEBデザイナーなのに、自分のポートフォリオサイトは何年も更新されていない。まさに「大工の掘っ建て」だ。」
- 「料理研究家が『忙しくて自分の食事はいつもインスタントラーメンよ』と笑っていた。「大工の掘っ建て」とはこのことだ。」
- 「敏腕な経営コンサルタントが、自分の会社の経営は火の車だという。まさに「大工の掘っ建て」だ。」
類義語・言い換え表現
「大工の掘っ建て」には、職業を変えただけで全く同じ意味を持つことわざ(類義語)が非常に多く存在します。これらはすべて、「専門家が自分のことは後回し」という共通のテーマを持っています。
- 医者の不養生(いしゃのふようじょう):
他人の健康には厳しい医者が、自分は不摂生なこと。 - 紺屋の白袴(こうやのしろばかま):
染物屋が、自分は染めていない白い袴をはいていること。 - 髪結いの乱れ髪(かみゆいのみだれがみ):
髪結いが、自分の髪は乱れたままなこと。 - 易者身の上知らず(えきしゃみのうえしらず):
他人の運勢は占う易者が、自分の身の上は分からないこと。 - 坊主の不信心(ぼうずのふしんじん):
人に教えを説く僧侶が、自分は信仰心がないこと。
英語での類似表現
「大工の掘っ建て」やその類語に、驚くほどよく似た発想のことわざが英語にもあります。
The shoemaker’s children go barefoot.
- 直訳:「靴屋の子供は裸足(はだし)で行く。」
- 意味:靴屋は他人のためには靴を作るが、忙しくて自分の子供の靴を作る時間がない、という状況を表します。日本語のことわざ群と全く同じニュアンスで使われます。
The tailor’s wife is worst clad.
- 直訳:「仕立て屋の妻は、一番ひどい身なりをしている。」
- 意味:(同上)仕立て屋が忙しく、自分の妻の服にまで手が回らないことを指します。
まとめ – 「大工の掘っ建て」から学ぶ知恵
「大工の掘っ建て」は、その道のプロフェッショナルが、顧客の要求に応えることに全力を尽くすあまり、自分自身のことをおろそかにしてしまうという「職業あるある」を的確に捉えた言葉です。
それは、職人としての誇りや責任感の裏返しとも言えます。
このことわざは、私たちに「他人のために尽くすのも素晴らしいが、たまには自分自身の足元も大切にしていますか?」と、ユーモラスに問いかけてくれているのかもしれませんね。




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