意味
「目糞鼻糞を笑う(めくそはなくそをわらう)」とは、自分の欠点には気づかないまま、他人の似たような欠点をあざけり笑うことのたとえです。
- 目糞:
目から出る分泌物(目やに)。 - 鼻糞:
鼻から出る老廃物。
どちらも身体から出る不要な汚れであり、客観的に見ればどちらがより汚いといった差はありません。
この言葉は、第三者から見れば「大差ない低レベルな争い」であるにもかかわらず、一方が他方を馬鹿にする行為の愚かしさと滑稽さを強調しています。
語源・由来
「目糞鼻糞を笑う」に特定の歴史的な出典はなく、日本で庶民の間で使われてきた比喩表現です。
由来は、言葉が示す情景そのものにあります。
汚い目やにが、同じく汚い鼻くそを「汚い」と言って笑っている、という情景です。
自分も同じように汚れていることを棚に上げ、相手を嘲笑する姿がいかに間抜けで恥ずかしいものであるかを、誰にでも伝わる卑近な例で戒めています。
使い方・例文
「目糞鼻糞を笑う」は、実力や立場が似たり寄ったりである二者が、互いに相手を批判したり貶め合ったりしている場面で使われます。
言葉の中に不潔な表現が含まれるため、改まった席や本人に向かって使うのは避け、親しい間柄や批判的な文脈での使用に留めます。
例文
- 互いにマナーを守らない二人の口論は、目糞鼻糞を笑うでしかない。
- 宿題を忘れた者同士の言い争いは、目糞鼻糞を笑うの類だ。
- 同じミスを繰り返す者同士が貶し合う姿は、まさに目糞鼻糞を笑うだ。
類義語・関連語
「目糞鼻糞を笑う」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 五十歩百歩(ごじっぽひゃっぽ):
わずかな違いはあるが、本質的には差がないこと。 - 猿の尻笑い(さるのしりわらい):
自分の欠点を知らずに他人を笑う愚かさのたとえ。 - 鍋が釜を黒いと言う:
自分も同じ欠点があるのに、それを忘れて他人を批判すること。 - 団栗の背比べ(どんぐりのせいくらべ):
どれも似たり寄ったりで、抜きん出た者がいないこと。
対義語
「目糞鼻糞を笑う」とは反対に、両者の間に比較にならないほどの大きな差があることを表す言葉です。
- 雲泥の差(うんでいのさ):
天の雲と地の泥のように、甚だしい隔たりがあること。 - 月とスッポン(つきとすっぽん):
比較にならないほど質が違うこと。 - 提灯に釣鐘(ちょうちんにつりがね):
形は似ているが、重さや価値が全く釣り合わないこと。
英語表現
「目糞鼻糞を笑う」を英語で表現する場合、以下の表現が対応します。
The pot calling the kettle black
「自分のことは棚に上げて他人を批判すること」
火にかけた鍋(pot)ややかん(kettle)が、どちらも煤で黒くなっている様子から、自分が見えていない状況を指します。
It is the pot calling the kettle black for him to call me lazy.
(彼が私を怠け者呼ばわりするなんて、目糞鼻糞を笑うようなものだ。)
明治の哲学者は「目糞鼻糞を笑う」を寓話と分けた
明治の哲学者大西祝は、ことわざの特色を論じた「俚諺論」で、この言葉を例に挙げています。
たとえだけを示して意味をにおわせることわざの例として、「蟹は甲に似せて穴を掘る」と並べました。
この文章は1904年(明治37年)の『大西博士全集』に収められ、昭和の初めには国語の教科書『新定国文読本』にも載りました。
大西は、目糞が鼻糞を笑うという言い方は寓言(=たとえ話に託して教えを語る物語)に少し近いように思われる、と認めています。
そのうえで、寓言は出来事として物語るが、ことわざは特定の時と結びつけず、いつもそうである事実として語る点で違う、と区別しました。
「目糞鼻糞を笑う」は、ある日の出来事ではなく、いつの世にも見られる人の姿として言い切ることわざだということです。











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