完璧だと思われていた人が、信じられないようなミスをする。
長年無事故だったベテランドライバーが車庫入れで擦ったり、計算の速い人が単純な足し算を間違えたり。そんな意外な失敗を目の当たりにした時、人は驚くと同時に、どこか親近感を覚えるものです。
そのような、達人であっても避けられない失敗を指して、
「上手の手から水が漏る」(じょうずのてからみずがもる)と言います。
意味
「上手の手から水が漏る」とは、どんなに技芸に優れた人であっても、時には失敗することがあるというたとえです。
- 上手(じょうず):
技術や学問、芸術などが巧みな人。名人。 - 水が漏る:
とどめておくべき水が、わずかな隙間からこぼれ落ちるように、失敗や手抜かりが生じること。
どれほど優れた腕前の持ち主でも、水を一滴も漏らさないような完璧さを維持し続けることは不可能である、という意味が込められています。
失敗を責める言葉ではなく、「あの名人でも失敗するのだから」とかばったり、慰めたりするニュアンスで使われるのが一般的です。
「漏れる」と「漏る」
現代の日常会話では「上手の手から水が漏れる」と言うことも多いですが、本来の言い方や辞書の見出し語としては「漏る(もる)」が正解です。
語源・由来
「上手の手から水が漏る」の由来は、特定の歴史的な物語ではなく、生活の中の実感から生まれた比喩表現です。
「水」は形がなく、ほんのわずかな隙間からも流れ出てしまう扱いの難しいものです。
どれほど手先が器用な「上手(じょうず)」な人であっても、両手で水をすくえば、指の隙間から水が滴り落ちてしまうことがあります。
あるいは、名人が作った精巧な器であっても、時が経てば水漏れを起こすことがあるでしょう。
そこから転じて、「完璧な人間など存在しない」「どんなに注意深くても、ミスをゼロにすることは難しい」という教訓として定着しました。
使い方・例文
この言葉は、普段からミスの多い人や、初心者に対しては使いません。あくまで「実力者の珍しい失敗」に対して使います。
失敗して落ち込んでいる人を励ます場面や、他人のミスを許容するよう周囲を諭す場面などでよく用いられます。
例文
- あれほど慎重な彼が日程を間違えるとは、まさに「上手の手から水が漏る」だ。
- 「上手の手から水が漏ると言うでしょう。あなたほどの実力者でも、そんなミスをすることがあるのですね」
- 母は料理の名人だが、今日は味付けに失敗したらしい。「上手の手から水が漏る」とはこのことだ。
- 部長が誤送信するなんて珍しいですが、上手の手から水が漏ることもありますから、あまり気になさらないでください。
誤用・注意点
目上の人への使用は慎重に
意味としては相手を擁護する言葉ですが、使い方によっては失礼になる可能性があります。
目上の人に対して面と向かって「上手の手から水が漏るですね」と言うと、「失敗しましたね」と指摘しているように聞こえたり、「名人扱いして評価を下す」という上から目線のニュアンスが含まれたりするためです。
目上の人をフォローする場合は、「弘法にも筆の誤りと言いますから」や、単に「誰にでも間違いはあります」と伝える方が無難なケースが多いでしょう。
類義語・関連語
「上手の手から水が漏る」と似た意味を持つ言葉には、動物や歴史上の人物を用いた有名な表現が数多く存在します。
- 猿も木から落ちる(さるもきからおちる):
木登りが得意な猿でも、誤って落ちることがある。最も一般的で広く使われる同義語。 - 弘法にも筆の誤り(こうぼうにもふでのあやまり):
書の達人である弘法大師(空海)でも、書き損じることがあるということ。 - 河童の川流れ(かっぱのかわながれ):
泳ぎが得意な河童でも、川の水に押し流されることがあるということ。 - 千慮の一失(せんりょのいっしつ):
賢い人があれこれ考え抜いた案でも、一つくらいは間違いがあるということ。「智者(ちしゃ)の千慮(せんりょ)必ず一失(いっしつ)あり」とも言う。
ニュアンスの違い
「猿も木から落ちる」や「河童の川流れ」は、失敗した様子をややユーモラスに表現する際に使われます。
一方、「千慮の一失」は知的な判断ミスに対して使われる、やや硬い表現です。
対義語
「上手の手から水が漏る」とは対照的な意味を持つ言葉は以下の通りです。
- 愚者の一得(ぐしゃのいっとく):
愚かな人であっても、多くのことを考えていれば、一つくらいは良い知恵を出すことがあるということ。「千慮の一失」と対で使われることが多い。 - 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる(へたなてっぽうもかずうちゃあたる):
技術が未熟であっても、数多く試行すればまぐれで成功することがあるというたとえ。
英語表現
「上手の手から水が漏る」を英語で表現する場合、ギリシャの詩人や馬を用いた言い回しが一般的です。
Homer sometimes nods.
- 意味:「ホメロスでさえ居眠りをする」
- 解説:『イリアス』などを残した古代ギリシャの大詩人ホメロスであっても、時には退屈な詩を書いたり、ミスをしたりするという意味。「弘法にも筆の誤り」の英語訳として有名です。
- 例文:
Don’t be so hard on yourself. Homer sometimes nods.
(そんなに自分を責めないで。上手の手から水が漏るとも言うじゃないか。)
A horse may stumble though he has four legs.
- 意味:「4本足の馬でさえつまずくことがある」
- 解説:足の速い馬でも転ぶことがあるように、どんな達人でも失敗はあるという意味。「猿も木から落ちる」に近い表現です。
語句の豆知識
「漏る」という言葉の響き
現代では水などが「もれる」と言うのが一般的ですが、古くは「もる」が広く使われていました。
例えば、雨漏りは「雨が漏れる」とは言わず「雨が漏る(雨漏り)」と言います。
また、秘密が外に出ることも「情報が漏れる」と言いますが、慣用句としては「壁に耳あり障子に目あり」のように、古風な表現では「漏る」が使われることがあります。
「上手の手から水が漏る」も、この古い語感を残した表現です。
あえて「漏れる」ではなく「漏る」と使うことで、ことわざらしい重みや響きの良さを感じさせることができます。
まとめ
「上手の手から水が漏る」は、どんな達人でも時には失敗するという、人間味あふれる真理を突いた言葉です。
完璧主義は素晴らしいことですが、自分や他人の小さなミスを許せないと、心が窮屈になってしまいます。
「あの名人でさえ水が漏ることがあるのだから」と考えることで、失敗を次のステップへの糧として、前向きに捉え直すことができるでしょう。








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