意味
「人は見かけによらぬもの(ひとはみかけによらぬもの)」とは、外側から見える姿だけではその人の性格や能力は判断できないということです。
立派な身なりが空疎な中身を隠し、あるいは質素な風貌が非凡な才を包み隠す事実を指摘しています。
視覚情報による予断が真実を覆い隠す危うさを強調し、客観的な評価を促す際に用いられます。
語源・由来
「人は見かけによらぬもの」は、江戸時代の末には芝居の台詞に使われていた言い回しです。
1860年の歌舞伎『加賀見山再岩藤』には、律儀そうに見えた兄弟の不義理を知った人物が、自分の見違いを認める次の台詞があります。
いや人は見掛けに寄らぬもの、律儀さうな此方衆兄弟、こんな不義理はさっしゃるまいと、思ひ込んだが此方の見違ひ
『加賀見山再岩藤』(二代目河竹新七 作)
使い方・例文
「人は見かけによらぬもの」は、当初の印象を覆す意外な特技や内面を確認した場面で使われます。
- 寡黙な彼が空手の有段者だと知り、人は見かけによらぬものだと感服した。
- 重い荷物を運ぶ小柄な祖母の姿に、人は見かけによらぬものを実感する。
- 強面の店主の優しさに触れ、人は見かけによらぬものだと自身の偏見を恥じた。
類義語・関連語
「人は見かけによらぬもの」の類義語には、以下のような言葉が挙げられます。
- 馬には乗ってみよ人には添うてみよ(うまにはのってみよひとにはそうてみよ):
何事も実際に自分で経験したり、直接付き合ってみたりしなければ、本当の性質や良し悪しは判断できないという教え。 - 見掛けによらぬは山吹の財布(みかけによらぬはやまぶきのさいふ):
外見は黄金色で非常に立派だが、中身が空っぽである財布のこと。
外面だけが良く、実質が伴っていない状態。
「人は見かけによらぬもの」と「馬には乗ってみよ人には添うてみよ」の違い
どちらも「実際に見たり接したりすること」を重視しますが、焦点の当て方に違いがあります。
| 言葉 | 焦点 | ニュアンス |
|---|---|---|
| 人は見かけによらぬもの | 外見の不確実性 | 外見だけでは人の本当の性質や能力は分からないという指摘。 |
| 馬には乗ってみよ人には添うてみよ | 経験の必要性 | 食わず嫌いをせず、 まずは試すべきだという助言。 |
対義語
「人は見かけによらぬもの」の対義語には、以下のような言葉が挙げられます。
- 目は口ほどに物を言う(めはくちほどにものをいう):
言葉で取り繕っても、感情が隠しきれずに目つきや視線に現れてしまう様子。 - 目は心の鏡(めはこころのかがみ):
目はその人の心の内を映す鏡で、目を見れば心の正しさや言葉の真偽が分かるということ。
英語表現
Don’t judge a book by its cover
意味: 外見だけで中身を評価してはいけないという戒め
He looks like a tough guy, but he’s very kind. Don’t judge a book by its cover.
(彼は強そうに見えるけれど、とても優しい。人は見かけによらないものだ。)
Appearances are deceptive
意味: 外見は人を欺くものであり当てにならないという事実
You should be careful when meeting new people; appearances are deceptive.
(初めて会う人には注意が必要だ。外見は当てにならないから。)
「人は見かけによらぬもの」、芥川では旅の道連れが泥棒
芥川龍之介の小説『鼠小僧次郎吉』(1920年)では、この言い回しが「善人らしく見えた人が実は悪人だった」という場面で使われています。
語り手が旅の途中で道連れになった男は、親切そうに道中の名所古蹟を教えてくれる人物でした。
ところが同じ宿で寝ていた夜中、その男の手が語り手の夜具に入り、胴巻の結び目を探り始めます。
それに気づいた語り手の心の声が、次の一節です。
成程。人は見かけにやよら無えものだ。あのでれ助が胡麻の蠅とは、こいつはちいつと出来すぎたわい。
(芥川龍之介『鼠小僧次郎吉』1920年)
「胡麻の蠅」は、旅人を装って旅人の金品を盗む者のことです。
「人は見かけによらぬもの」は良い意味の意外さにも悪い意味の意外さにも使いますが、この場面のように、善人に見えた人が実は悪人だったと分かった場面で使われることが多いとされます。














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