どんなに仲の良かった友人や恋人でも、遠くに引っ越して会わなくなると、以前のような濃密な関係を維持するのは難しくなるものです。
あるいは、亡くなった人のことを思い出す頻度が、時とともに減っていくことに寂しさを感じることもあるかもしれません。
「去る者は日々に疎し」は、そんな人間の心理的距離と物理的距離(または時間の経過)の関係を突いた、少し切なくも現実的なことわざです。
この言葉が持つ本来の意味と、現代で使われるニュアンス、そしてよくある誤用について解説します。
「去る者は日々に疎し」の意味
去る者は日々に疎し(さるものはひびにうとし)とは、親しかった人でも、遠く離れてしまうと、月日が経つにつれてしだいに情愛や親しみが薄れていくという意味です。
また、亡くなった人のことは、時が経つにつれて忘れられていくという意味でも使われます。
- 去る者:自分の元から去っていった人。遠くへ離れた人。または、死者。
- 日々に:日増しに。日が経つにつれて。
- 疎し(うとし):親しみが薄くなる。疎遠(そえん)になる。
現代では主に「遠くへ行った人(生者)」との関係が希薄になることを指して使われますが、もともとは「死者」を指す言葉でした。
「去る者は日々に疎し」の語源・由来
この言葉の出典は、中国最古の詩集の一つとされる『文選(もんぜん)』に収められた「古詩十九首(こしじゅうくしゅ)」の中の第十四首です。
漢代の無名の詩人が詠んだとされるこの詩の冒頭に、以下の句があります。
「去る者は日以て疎く、来る者は日以て親し」
(去者日以疎 来者日以親)
本来は「死者」を嘆く詩
この詩は、都の城門を出て墓場を眺めた際に詠まれたものです。「去る者」とは「黄泉(よみ)の国へ去った死者」を指し、「来る者」とは「これから生まれてくる者」や「現在生きている者」を指していました。
つまり、本来の意味は「死んでしまった人は日ごとに忘れ去られ、今生きている人は日ごとに親しみが増していく」という、人の世の無常さと、死者が忘れられていく悲しみを嘆いたものでした。
時代が下るにつれ、この言葉が日本に伝わると、主に「生き別れた人」「遠くに離れた人」との関係が薄れることを指す教訓として定着していきました。
「去る者は日々に疎し」の使い方・例文
人間関係の儚(はかな)さを嘆く場面や、連絡が途絶えたことの言い訳、あるいは現実を受け入れる際の諦めの言葉として使われます。
例文
- 転校した当時は毎日手紙を書いていたが、まさに去る者は日々に疎しで、今では年賀状のやり取りさえなくなってしまった。
- どんなに悲しい別れでも、去る者は日々に疎しと言うように、いつかはこの痛みも薄れていくのだろう。
- 去る者は日々に疎しとは言うけれど、彼との友情だけは距離に負けないと信じたい。
文学作品での使用例
- 太宰治『佳日』
「去る者は日々に疎し、とか言った詩人があったようであるが、その詩人は、人の心の薄情を嘆いて言ったのか、あるいは、忘れっぽい人間の救い難い物理性を、諦めを以て歌ったのか、それは私にはわからない。」
「去る者は日々に疎し」の誤用・注意点
「去る者は追わず」との混同に注意
非常によく似た言葉に「来る者は拒まず、去る者は追わず」がありますが、これと混同しないように注意が必要です。
- 去る者は追わず:
自分から離れていこうとする人の意思を尊重し、無理に引き留めないという態度やスタンスを表す言葉。 - 去る者は日々に疎し:
離れると自然に親しみが薄れるという現象や真理を表す言葉。
「彼は会社を辞めたが、去る者は日々に疎しという方針で引き止めなかった」とするのは誤りです(この場合は「去る者は追わず」が適切)。
冷たい言葉だと誤解しない
「疎し(親しみがなくなる)」という表現から、薄情な言葉のように感じられるかもしれません。
しかし、これは「薄情になろう」と推奨しているのではなく、「人間とはそういう悲しい性質を持っているものだ」という事実を描写している言葉です。
自分を責める必要も、相手を責める必要もないという、ある種の「慰め」の側面も持っています。
「去る者は日々に疎し」の類義語・関連語
- 間が遠なりゃ情けが疎くなる(まがとうなりゃなさけがうとくなる):
会う機会が減ると、自然と相手に対する情愛も薄れていくこと。 - 遠くなれば薄くなる:
距離が遠くなれば、縁や関心も薄くなること。 - 世を去る者は日々に疎し:
原義通り、死んだ人のことは時とともに忘れられるということ。
関連語(対句)
- 来る者は日々に親し(きたるものはひびにしたし):
「去る者は〜」の対句。身近に接する人や、新しく付き合い始めた人とは、日増しに親密になっていくこと。
「去る者は日々に疎し」の英語表現
英語圏にも、驚くほど似た発想のことわざが存在します。
Out of sight, out of mind.
- 直訳:視界から外れれば、心からも外れる。
- 意味:「目に見えなくなれば、忘れ去られる」「去る者は日々に疎し」
- 解説:物理的に見えなくなると、考えることもなくなるという意味。日本語のことわざとほぼ同じニュアンスで使われる、非常に有名なフレーズです。
- 例文:
Since she moved to another country, he rarely thinks of her. Out of sight, out of mind.
(彼女が外国に引っ越してから、彼は滅多に彼女のことを考えなくなった。去る者は日々に疎しだ。)
Seldom seen, soon forgotten.
- 直訳:めったに見ないと、すぐに忘れられる。
- 意味:「会わないと忘れられる」
- 解説:Out of sight, out of mind と同様の意味です。
「去る者は日々に疎し」に関する豆知識
心理学的な裏付け「単純接触効果」
現代の心理学には「単純接触効果(ザイアンスの法則)」という用語があります。
これは、「人は接触する回数が多いほど、その対象に好意を持つようになる」という心理現象です。
「去る者は日々に疎し」は、この逆の現象と言えます。
つまり、接触回数が減れば(会わなくなれば)、好意や関心を維持するための燃料が供給されなくなり、関係性が薄れていくのです。
何千年も前の中国の詩人が詠んだ嘆きは、現代の心理学においても理にかなった「人間の真理」だったと言えます。
まとめ – 記憶を繋ぎ止める努力
「去る者は日々に疎し」は、放っておけば人の縁は薄れていくものだという、少し寂しい現実を教えてくれます。
しかし、これは裏を返せば、大切な人との関係を維持したければ、意識的な努力が必要だという教訓でもあります。
SNSや通話が発達した現代なら、物理的な距離は埋められるはずです。
「疎し」とならないよう、大切な友人には自分から「元気?」と声をかけてみてはいかがでしょうか。







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