長年信頼していた人が、去り際に見せたあまりに身勝手な振る舞い。
感謝の言葉ひとつなく、それどころか周囲に迷惑を撒き散らして去っていく姿に、言葉を失った経験はないでしょうか。
そのような、恩を忘れた非情な別れ際を、
「後足で砂をかける」(うしろあしですなをかける)と言います。
一見すると動物の何気ない仕草を描写した言葉のように思えますが、その裏には人間関係におけるもっとも冷徹な裏切りのニュアンスが込められています。
意味・教訓
「後足で砂をかける」とは、世話になった人や場所を去る際に、さらに迷惑をかけたり、恩を仇で返すような無礼な振る舞いをすることを指します。
単に黙って立ち去るだけでなく、最後に相手の顔に泥を塗るような行為や、損害を与えるような裏切りを行うことが、この言葉の本質です。
人として守るべき感謝や礼節を、最後の最後で踏みにじる行為への強い非難が込められています。
立つ鳥跡を濁さずという、去り際の美学とは対極に位置する、最も忌むべき態度のひとつと言えるでしょう。
語源・由来
「後足で砂をかける」の語源は、犬や猫、あるいは馬などの動物が、立ち去る際に後ろ足で土を蹴り上げる習性にあります。
動物たちが排泄をした後や走り出す際に、後ろにあるものなどお構いなしに砂を跳ね飛ばしていく様子。
その無頓着な姿を、今まで世話をしてくれた人の気持ちや、残された場所の惨状を顧みない「恩知らずな人間」の態度に重ね合わせたものです。
あくまで動物の無意識な動作が元になっていますが、人間が意図的にこれを行う場合は、相手を侮辱し、これまでの関係を完全に断ち切るという悪意あるニュアンスが強まります。
使い方・例文
「後足で砂をかける」は、退職や引退、組織からの脱退など、ある場所を離れるタイミングでの非礼な行為に対して使われます。
単なる不手際ではなく、「意図的に迷惑をかけた」「恩を仇で返した」という文脈で用いられることが多い言葉です。
ビジネスシーンだけでなく、学校の部活動や地域コミュニティ、友人関係の決裂など、幅広い場面で見られます。
例文
- 彼は長年指導してくれたコーチを批判して退部した。まさに「後足で砂をかける」ような行為だ。
- 退職時に顧客情報を持ち出すのは、会社に対して「後足で砂をかける」ような真似であり、許されることではない。
- 引っ越しの挨拶もなくゴミを放置していくとは、隣人に対して「後足で砂をかける」ようなものだ。
- お世話になった先輩の悪口を言いふらして去るなんて、「後足で砂をかける」にも程がある。
類義語・関連語
「後足で砂をかける」と似た意味を持つ言葉には、以下のようなものがあります。
- 恩を仇で返す(おんをあだでかえす):
受けた恩に対して、感謝するどころか害を与えること。 - 飼い犬に手を噛まれる(かいいぬにてをかまれる):
可愛がって面倒を見ていた者から、思いがけず裏切られること。 - 砂をかける(すなをかける):
「後足で砂をかける」を短縮した表現で、去り際にさらに追い打ちをかけるようなひどい仕打ちをすること。
対義語
「後足で砂をかける」とは反対に、去り際を美しく整えることを表す言葉です。
- 立つ鳥跡を濁さず(たつとりあとをにごさず):
立ち去る者は、最後まできれいに後始末をすべきであるという教訓。 - 有終の美を飾る(ゆうしゅうのびをかざる):
物事を最後までやり遂げ、最後を立派に締めくくること。 - 恩に報いる(おんにむくいる):
受けた恩に対して、感謝の気持ちを行動で示すこと。
英語表現
「後足で砂をかける」を英語で表現する場合、関係を修復不可能にするニュアンスを含む表現が適切です。
To burn one’s bridges
- 直訳:自分の橋を焼く
- 意味:「背水の陣を敷く」「後戻りできないようにする」
- 解説:自分が渡ってきた橋を焼いて退路を断つことから転じ、去り際に敵対的な態度をとって、元の場所との関係を修復不能にすることを指します。
- 例文:
Don’t burn your bridges when you leave the company.
(会社を辞める時に、後足で砂をかけるようなことはするな。)
To bite the hand that feeds you
- 意味:「飼い犬に手を噛まれる」「恩を仇で返す」
- 解説:食べ物を与えてくれる(世話をしてくれる)人の手を噛むという、恩知らずな行為を直接的に表す定型句です。
- 例文:
Criticizing your mentor is like biting the hand that feeds you.
(恩師を批判するのは、恩を仇で返すようなものだ。)
まとめ
「後足で砂をかける」は、長年世話になった相手を去り際に裏切り、泥を塗るような行為を戒める言葉です。
どれほど去る理由に正当性があったとしても、最後の一瞬でそれまでの信頼をすべて無に帰してしまうのは、自分自身の品位を貶めることにもなりかねません。
縁が切れる時こそ、その人の本性が現れるものです。
「立つ鳥跡を濁さず」の精神を忘れず、どのような場所であっても、感謝と共に静かに幕を引くゆとりを持ちたいものですね。
そうすることで、次に進む道もまた、清々しいものになることでしょう。




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