お正月に遊ばれてきたいろはかるたは、いろは四十七文字に「京」を加えた四十八枚の札で、ことわざを題材にしたものです。
札に選ばれることわざは地域によって違い、系統として「京いろは」「江戸いろは」「尾張いろは」が知られています。
ただし、どの系統にも「これが正しい」と決まった札の組はありません。
製造元や時代によって文句が入れ替わるためで、手元のかるたと他所で見た一覧とが食い違うのは珍しいことではありません。
「いろはかるた」とは? 48文字の教訓
「いろはかるた」とは、江戸時代に庶民のあいだで広まった、ことわざを題材とした札の遊びです。
構成と仕組み
平安時代末期に成立したとされる「いろは歌(いろはにほへと…)」の仮名47文字に、「京(きょう)」の字を加えた計48文字を頭文字として構成されています。
- 読み札(よみふだ):
ことわざや教訓の文章が書かれている。 - 取り札(とりふだ):
その内容を描写した絵と、頭文字が大きく書かれている。
合計96枚の札を使い、読み上げられた言葉に対応する絵札を取り合うことで競います。
百人一首との決定的な違い
同じく「かるた」の代名詞である百人一首が、貴族文化の象徴である「和歌」を扱い、雅な教養を必要とするのに対し、いろはかるたは庶民の生活に根ざした「ことわざ」を扱います。
子供が文字(ひらがな)を覚えるための手習い(学習)の道具としての側面が強く、遊びながら社会のルールや道徳を学べる教材として定着しました。
三つの系統と、できた順序
いろはかるたの系統は、「京いろは」「江戸いろは」「尾張いろは」に大きく分かれます。
札の文句が違うだけでなく、できた時期にも前後があります。
群馬大学の郷土かるたコレクションの解説によれば、発祥の地は京都で、「京いろは」は天明頃(1781〜89年)にはできていたと考えられています。
「江戸いろは」が作られたのは文化頃(1804〜18年)で、京いろはより二十年ほどあとになります。
「江戸いろは」は「犬も歩けば棒に当たる」から始まることから「犬棒かるた」とも呼ばれ、現在もっとも広く知られています。
「一寸先は闇」から始まる形で知られるのは京いろはのほうです。
札の文句に「定番」はない
同じ系統のかるたであっても、四十八枚の文句が一つに定まっているわけではありません。
もともと「京いろは」はバリエーションが多く、「い」だけでも「一寸さきやみの夜」以外に、「石の上にも三年」「いやいや三杯」などがあります。かるた製造元による相違・混同、時代に合わせたさしかえなどがあって、これが「京いろは」だという定番はないのです
群馬大学 総合情報メディアセンター中央図書館「郷土かるたコレクション」京いろはかるた
そのため、「江戸いろはかるた四十八札の一覧」といった形で出回っている表は、数ある版のうちの一つを写したものにすぎません。
このページでは、典拠をたどれない一覧は載せていません。
手元のかるたと一覧が違っていても、どちらかが間違いというわけではない、ということになります。
「かるた」という言葉の由来
「かるた」は、16世紀にポルトガルから伝わった carta(カード)に由来する語です。
「歌留多」「加留多」などの字を当てるのは、あとから付けられた当て字です。
伝わった当初の札は賭博に使われ、江戸時代には禁令の対象にもなりました。
いろはかるたは、その札の形に読み書きの手習いとことわざを結びつけたもので、子どもの遊びとして広まりました。
明治以降も、戦時中の「愛国いろはかるた」のように、時代に合わせて中身を入れ替えたものが作られています。
戦時中に作られた「愛国イロハカルタ」
かるたは、遊びながら文句を覚える道具でもあります。
そのため、中身だけを時代の側から差し替えるということが、繰り返し行われてきました。
昭和18(1943)年12月には「愛国イロハカルタ」が作られています。
句を公募・選定したのは、情報局と文部省の管轄下で児童文化を統制していた日本少国民文化協会で、印刷・発行は日本玩具統制協会でした。
句は全国から公募され、応募はおよそ26万通あったと伝えられます。
募集は「忠君愛国の念を涵養するもので永く愛誦するに足るもの」を趣旨としており、応募のうち半数ほどは子ども自身からのものでした。
読み札には「イセノカミカゼ テキコク コウフク」「「ハイ」デハジマル ゴホウコウ」「レンセイ デ ノビル セウコクミン」などがあります。
意味の取りにくい「クワノヒカリハミクニノヒカリ」の「ひかり」は、当時「天皇」を指す語でした。
実物は、日本玩具博物館や立命館大学国際平和ミュージアム、埼玉県平和資料館などが所蔵しています。
ただし全47句の一覧はこうした館の資料では公開されておらず、ウェブ上で見かける一覧は典拠をたどれません。
同じ時期には「暗記用小學地理かるた」(1934年)「学習用趣味の地理かるた」(1938年)といった学習用のかるたも作られています。
群馬大学の展示はこれらを取り上げて、かるたが「かつて時代のイデオロギーを広める有力なメディアでした」と説明しています。
現代に広がる「郷土かるた」文化
いろはかるたの「遊びながら地元や教訓を学ぶ」という教育的効果は、現代において郷土かるた(ご当地かるた)という形で独自の進化を遂げています。
特に有名なのは、群馬県の「上毛かるた」です。
これは、群馬県の歴史や名物を詠んだもの。「県民なら誰もが暗唱できる」と言われるほど圧倒的な普及率を誇り、郷土愛形成の成功例として知られています。
埼玉県の「さいたま郷土かるた」も、郷土かるたのひとつ。
これは、埼玉県にゆかりのある人物、名所などを取り上げたかるたで、1982年(昭和57年)埼玉の風土と文化を理解し、郷土を愛する子供たちを育成するために制定されました。
郷土かるたコレクション
300種に及ぶ郷土かるたのコレクションを公開しているサイトです。
群馬大学総合情報メディアセンター中央図書館が所蔵する郷土かるたコレクションは、本学教育学部の山口幸男名誉教授、同学部非常勤講師の原口美貴子氏の両名から寄贈していただいた全国各地の郷土かるたをもとに、その後、個人や団体からの寄贈や本センターが収集したものを加え、現在、その数約300種に及び、郷土かるたコレクションとしては全国稀有なものといえます。
本サイトでは、当館が所蔵する全国各地の郷土かるたを公開しています。








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